第78話 魔王の泥

「マズいのぉ…封印が解けてしまっている…」

 ヒーロー協会は騒然としていた。

 超常的な能力を持つ者が生まれ始めた創世期、その頃に起きた脅威的能力による事件。

 『魔王の泥』と呼ばれる、悪意や憎悪、妬みや恨み、羨望や憧れさえ吸収し、無限に広がる悪意の泥。

 そんな能力を持った者が暴走し、能力者を殺害しても独立して活動を続ける能力。

 そんな最悪の脅威は、ヒーローの前身といわれる、数十人の能力者によって鎮め、封印されていた。

 そんな伝説的な能力者のたった1人の生き残り、生ける伝説として、ヒーロー協会の特別顧問となっている人物。

 ヒーローたちは彼を『土浦つちうら老師』を呼び、尊敬しつつも老害として鬱陶しく思っていた。


 そんな老師が、珍しく本気の表情で言う。

「間違いない…アレは『魔王の泥』じゃ…武生院の…武生紅雪を呼のじゃ…あやつならあの泥を抑えることが出来るかもしれぬ…」

 そう告げる老師。

 皆が静かに頷いた。

「プディングマンの妻の夫に出動命令を出せ!!あいつが動けばプディングマンの妻が動く!!」

 だったらもっと強い奴に頼めばいい。

 というより、あいつで勝てないなら、もう打つ手がない。

 情報のアップデートが数十年前で止まっている老害の言う最強よりも、全員が知る最強の方が遥かに強いと確信を持っていた。


「緊急事態です!!プディングマンの娘、百道凛樹が、『魔王の泥』ぶん殴りました!!」

 連絡員が会議中の部屋に飛び込みそう叫ぶ。

「よぉし!!その情報をプディングマンの妻に送れ!!勝った!!勝ったぞ、この戦い!!」

 ヒーロー協会の戦術顧問、田聞たぶん夏照嘉かてるよはそう叫ぶ。


「主婦が頼みの綱のヒーロー協会…転職しようかな…」

 若手のエリート協会職員は静かに呟いた。



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「凛樹!?」

 エネルギーはとっくに切れている。

 それでも意地と根性で踏みこたえていた私の前から、一斉に泥が退き、宿主の元に集まった。

 その原因となった突然現れた人物の名を叫んだ。

 妹の様だ。そう思っていた少女は、そんな泥ごと、宿主をぶん殴っていた。

 悲鳴を上げながらぶっ飛ぶ宿主と慌てた様に宿主に向う泥。


 ああ、そうか…凛樹はアレの娘か…

 最強の血は、間違いなく受け継がれていることを思い知った。



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「氷華ちゃんの能力って、凄く強いね…それに華やかで綺麗。」

 私の胸に埋もれる様に抱き着く氷華ちゃんに、私は話題を変えるべく言う。

「強くないよ。ママの方が強い。」

 そう言って私の胸に更に深く顔を埋める氷華ちゃん。

 彼女の比較対象が狂っていた。

「うん…そっか…」

 しかし、私はそれ以上何も言えなかった。


「とりあえず、お腹摘むのやめてくれるかな…」

 私は涙声でそう言った。

 昨晩プリン食べ過ぎただけだもん…

 

 連休前の試験の為、勉強に専念し運動せずにお菓子を食べ過ぎた自分が憎い…

「明日から我慢するもん…」

「プリン以外のオヤツ久しぶり。」

 そう決意しながら、嬉しそうに言う氷華ちゃんと一緒にアイスを食べていた。


「明日から頑張るもん…」

 家に帰った私は、お腹を摘み泣きながらも、よりにもよってケーキを買って来たお父さんを恨めしく見ながら、誘惑に負けていた。



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「しつこいな〜。」

 何度も攻撃を繰り返すが、泥の速度に追いつけない。

 頼みの綱である街路樹や雑草も、泥に呑まれ、消え果てている。

「流石にしんどいな〜。」

 迫る泥に蹴りを放つ。

 一時的には引っ込むが、すぐにまた迫ってくるし、その方向もランダムで対処にも集中力を消費する。

「ママみたいなビーム出ないかなぁ~。」

 試してみても、そんなものは出ない。

「ママ、ヤバすぎ〜。」

 伊達に私が1番恐いと思う存在ではないと、こんな時に分かってしまった。


「ちょっとヤバいね~。」

 全方位から迫る泥。

 範囲も量も、勢いも、全て今までとは桁違いだった。


「負けるの大っ嫌いなんだよね~!!」

 守りを捨て、渾身の拳を正面の泥に叩き込んだ。








 

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