第75話 憎しみの果
「え、神娘姉おらんの?」
帰宅する僕の横、バイクを押しながら歩く叔母はお目当ての人物が不在と知り、酒臭い溜息を吐く。
「俺、神娘姉に会いに来たんじゃけんど…」
「そんなの知らないよ…」
何故僕に言うのだろう。
「まあええか、家で待たせてもらうけぇ。」
そう言ってバイクのスタンドを立てる。
「なにボォっとついて来とんじゃ!!お前が押さんかい!!」
「すみません女王様!!」
何故か叔母を女王様呼びする謎の男性は、叔母に蹴られながら慌ててバイクに向かう。
蹴られてるのになんで嬉しそうなんだろう…
「気にきかん犬じゃのぉ…」
「すみません!!アァ!!ありがとうございます!!」
謎の男を正座させ、その股間をグリグリと足で踏む叔母に礼を言う男。
「先行くから…」
知り合いと思われたくない。そう思い、僕は家路を走った。全力で走った。
「もうやだ、あの叔母さん。」
家に駆け込み、すぐに鍵を掛けた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「で、怒らせて帰って来たと…」
百道神娘の元に交渉役として送り出した部下が、凄い勢いでヒーロー協会本部の最上階、そのガラスを突き破りながら帰って来た。
帰って来たというより、多分ぶん殴られたのだろう…交渉相手に。
「なんですかあのババア!!というか、なんで私生きてるんですかね!?」
有り得ないことを体験し、半狂乱になった部下は、ズンズンと私のデスクに詰め寄って来る。
「怪我してないの?凄いね。」
「そうなんですよ!!なんで怪我してないんですか!?これ労災降りますかね!?」
多分、彼自身、自分が今何を言いたいのか分からなくなっている。
「一応検査受けとく?」
「そうします!!」
部下を協会本部内のメディカルルームへ送り出し、椅子に腰を下ろす。
「失敗した…」
肺の中の空気が全部出たんじゃないかというほど大きな溜息を吐く。
「もうやだ…百道神娘怖い…」
出来ることなら、責任とか義務とか全部棄てて、今すぐ逃げ出したかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「れーちゃんいる〜?」
インターホンを鳴らしそう大きめの声で言う私。
「いないか〜。」
数秒待つが応答は無い。
「帰ろ〜、んで明日来よ〜。」
仕方ないので駅に戻ろうと回れ右する。
普段ならお小遣いを月初で使い果たし金欠の私だけど、今月はおじいちゃんにお小遣いを貰い、お布施いっぱいで財布はまだ夏日和なのだ。
出て来るまで何度でも来てやろう。そう思った時だった。
「麗香のお友達…ですか…?」
憔悴しきった表情の女の人が出て来た。
多分、れーちゃんのお母さんだろう。れーちゃん同様陰気臭いし、多分間違いない。
「そうで〜す!!百道凛樹で~す!!」
バシッと、決めながら言う。
「眩しい…絶対麗香の友達じゃない…」
扉を閉めようとするれーちゃんママ。親子って似るのかな?
つまり、私はママに似るってことか…
「ヤバ…私最強じゃん…」
「うわぁ…」
私の呟きが聞こえたのか、れーちゃんママはドン引きしていた。
「日の当たる場所に生きる人はいいですね…日陰者の気も知らずに…」
ボソボソと陰気臭く笑いながら言う。
「日の当たる場所とか嫌〜、日焼けしちゃうもん。」
日焼けとか最悪だ。
「アホなのに…チヤホヤされて…憎い…真面目に生きたのに…日陰者は努力して底辺から最下層に上がるのがやっとなのに…」
「日陰いいじゃん〜、日焼けしないし〜涼しいし〜。干物も天日干しと日陰干しあるし〜。私日陰干しの方が好き〜。」
日陰だって良いこと多いのに。
「あ、コイツ本物だ。」
れーちゃんママが何かを察した様に言った。
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ズルズルと、干潟の中を這い回る様な感覚。
動き、藻掻く程に纏わり付くそれは、体力と共に、正常は感覚さえ奪い、私を悪意に染めていく。
「やだ…ごめんなさい…そんなに嫌いじゃない…羨ましかった!!それだけなの!!」
身体も、精神も蝕む、タールの様なそれは更に勢いを増し私を呑みこむ。
「いやぁっ!!怖い…助けて、お父さん!!お母さん!!」
恐怖に泣き叫び、守ってくれる人を呼ぶ。
それが無駄と分かっているのに…
その絶望感が更に泥の勢いを加速させた。
「助けてよ…誰か…誰でもいい…私を見てよ…」
悪意の泥に呑み込まれる最中、最後に見えたのは、最も憎んだ人だった。
「そっか…私はあいつになりたかったのか…あいつが欲しかったのか…」
泥に呑まれ、泥を全て吸い込んだ私は、最も憎んだ人の姿になっていた。
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