第21話 バグの原因

「エネルギー補給完了〜!!」

 食べに食べ尽くしたクリスティンは大きく伸びをする。

「それでは、行きましょうか。」

 彼女の父、つまり私の雇用主である元世界一位のヒーロー、ワンマンコマンドーことジョニー・メイトリクスから預かっている予算の大半が初日の食費に消えたことに溜息を吐きながらそう言う。

「ホテルに行く前に散策したいわ。」

 クリスティンがグルメ情報を見ながらそう答える。

 まだ食うんかい…

 底なしの食欲に呆れる。


「生憎、そんな時間はありません。それに、そもそも目的地はホテルではありませんから。」

 クリスティンの要望を拒否しつつ、ホテルに向かわないことを伝える。

 彼女に留学の命令を下した、ジョニー・メイトリクスの真の目的。

 それを先ず済ませる必要がある。


「まあ、美味しいプリンは食べれるかもしれませんね…」


 もっとも、到着時には閉店している時間だろうが…



−−−−−−−−−−−−−−−−−



「今日は大丈夫そうね。」

 ちゃぶ台で宿題をする氷華を見て、凛樹は安心した様に言う。

「昨日は大変だったんだから…」

 『ママがいない!!』と泣きじゃくり、疲れて眠るまで、あやし続けた姉は疲労の混じる声と表情で言った。

 これまで、父も母もいない状況は何度もあったが、こんなことはなかった。

 小学校に入るまで、家という場所以外知らなかった氷華にとって、我が家が常識であり、それが全てだった。

 しかし、小学校に通う様になって1ヶ月以上が経ち、我が家の異常さ(正確には異常な母の強さ)に気付いてしまった。

 それは氷華にとって、異常なまでに強い母への恐怖以上に、庇護下にあることの安心感が勝っていた。

 外の世界を知り、我が家の安全を知った妹は、祖父の家に泊まるという、これまでは楽しんでいたイベントが、急に不安になったのだった。


「岩穿は泣くどころか、喜んでたのにね…」

 姉の言葉に、昔を思い出す。

 僕にとって母は恐ろしく強い味方であり、厳しくて口煩い存在だった。

「母さんに守られている安心感は凄いけど、偶の息抜きとして楽しかった思い出だな~。お小遣いも貰えるし。」

 祖父の家に預けられる大型連休や長期休暇は大好き大好きだったし、今でも大好きだ。

「だよね~。」

 同じ考えの姉も相槌を打つ。

 相槌を打ちつつも、心配そうに妹を見る姉。

「まあ、氷華はママ大好きっ子だから。」

 言わんとすることが分かる。

「強さの基準がバグってるから、大事にならなければいいんだけど…」

 氷華は母が大好きで、かなり依存度が高い。

 妹のあらゆる基準が母になってしまっている。

 『ママなら。』

 そういう基準で物事を判断するせいで、能力の使用が毎回オーバーキルになってしまったり、友だちが出来なかったり…

 とにかく不安が多いのだ。


 とはいえ、可愛い妹であり、大切な家族だ。

 宿題と向き合い、首を捻って悩む妹に、姉と一緒に声を掛けた。

「全然分かんない…」

 そう言って差し出した問題は、宿題というより、クラスの担任による学校生活への質問だったが、人によってあまりにも難易度の異なる問いだった。


 『友だちと一緒にいて楽しい時はどんな時ですか?』

 入学して1ヶ月の1年生に向けた教師の質問は、

「友だちって何?」

 氷華にとってとんでもない難題だった。


 

−−−−−−−−−−−−−−−−−



 凛樹と岩穿が氷華の宿題に手こずっていた頃、もう一つの戦いが起こっていた。


「どこの誰か知らんが、武生院も舐められたもんじゃなぁ…」

「武生最強の姉さんがいないからね。舐められるのも仕方ないのかもね。」

 武生院の裏手、雑木林となっている場所で、俺の前に立つ祖父と叔父がそう呟く。

「神也、お前はどう思う?」

 祖父が叔父に問う。

「逆に聞くよ。父さんはどう思うんだ?」

 叔父の返し。

 2人はお互いに笑いながら言った。


「「相手になるわけがない。」」


 祖父と叔父が一方的に襲撃者たちを無力化した。

 あまりにも一方的な殲滅戦に、自分の勘違いを思い知る。

 母ちゃんが異常なだけで、じいちゃんも叔父さんも、俺より強いのか…


 強さの基準がバグっていたことに気付いた16の5月だった。


 


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