第16話 武生院②
大型連休や長期休暇の間、百道家の子どもたちは必ず武生院に一泊以上しなければならない。
初孫が誕生した時に、駆け落ち同然に結婚した僕たちへ、義父、紅雪が手打ちとして決めた決まり事である。
そういうわけで、毎年数回は妻の実家に一家で顔を出すのが通例となっている。
「ほほ、今年は連休中ずっとここにおるのじゃろ?」
氷華を抱っこして、幸せそうに言う義父。
「すみません、お世話になります。」
そう頭を下げる僕。
世話になるのは子どもたちだけで、僕と神娘は明日から仕事がある。
「ほれ、さっさと帰れ。」
待ってましたとばかりに殺気全開の笑顔で言う義父。
やはり、僕は今だ認められていないらしい。
「なに言ってんだクソジジィ。今日は泊まってくって決めてんだよ。」
弟だった肉塊を引き摺りながら、返り血に塗れた神娘は義父に殺気を放つ。
「全く…じゃじゃ馬にしても限度があるぞ…」
溜息を漏らす義父は、氷華を降ろし、神娘に向き合う。
「もういい歳じゃろうに…お転婆が許されるの歳は、とうに超えておるぞ!!」
闘気を放つ紅雪と、それを拳圧のみで消し飛ばす神娘。
父娘喧嘩が始まった。
数分後ー
「わしが悪かったぁ!!」
ズタボロになった紅雪が、神娘に土下座していた。
対して、
「ケッ!!口ほどにもねぇな。」
唾を吐き、そう言う神娘は埃一つ着いていない。
そんな光景を見ていた者たちは、皆心に決めた。
決して
−−−−−−−−−−−−−−−−−
百道家と武生家が一同に介し始まる夕食。
「おじいちゃん、もう大丈夫なの?」
あれ程ズタボロにされたにも関わらず、ケロッとした様子で夕飯を取る紅雪に、氷華は心配そうにそう聞く。
「ほほ、氷華はいい子じゃの〜。これでもわし、強いから。心配はいらんよ。」
そう言って、孫にデレデレな紅雪。
じゃあ、あんたより強いこの人はなんなの?
そんな疑問は、ムスッとした表情で夕飯を食べる神娘を前に、聞ける者は存在しなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「風呂。」
夕飯を終えた神娘が不機嫌そうにそう言う。
「は、はい。お嬢様。」
慌てた様子で使用人の女性たちが駆け回る。
今でこそこんな感じだが、元々、神娘は武生院のお嬢様だ。
多くの門下生を抱える由緒正しき武門の聖地である武生院は、結構な地位と収入を持っている。
そんな武生院の宗家に、並外れた天性の才を持って産まれ、後継者として、幼少期は、蝶よ花よと可愛がられ、箱入り娘として育っている。
そして反抗期を迎え、物凄くグレた。手のつけようがないのは元からだが、それに拍車を駆ける様にグレにグレた。
そうして、今の神娘が出来上がったのだった。
神娘が席を立った後、
「神也叔父さん、よくその状態で食べれるね。」
岩穿は叔父だった肉塊そう問う。
「慣れてるからね。昔は毎日だった。結婚してだいぶ丸くなったし、本当に義兄さんには感謝してるよ。」
元気良く笑う彼に、武生神娘の弟という意味を知った息子は、僕に戸惑いの目を向けた。
「あれで丸くなったの?」
「うん、物凄くね。」
そう、全盛期は洒落にならなかった。
「「よく生きてるなぁ…僕。」」
義弟と言葉が重なった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ねぇ、おじいちゃん。お願〜い。」
祖父に御酌をしながら、可愛くおねだりする凛樹。
「しかたないのぉ~。」
デレッデレな祖父は、そう言って懐からおこづかい袋を取り出す。
「おじいちゃん大好き〜。」
そう言って祖父に抱き着く凛樹。
「ほほ、皆にもあるぞ。」
幸せそうに惚けた顔で、祖父が俺たちを見て言う。
「あれ〜?凛樹ちゃん?」
小遣いを貰った凛樹は、用済みとばかりを自分の席に戻っていた。
うん、現金な凛樹も可愛い。
「おぉ、そうじゃった、光。」
小遣いを渡される際、祖父から呼び止められる。
「なに?じいちゃん。」
「お前、ヒーローになるんじゃろ?格闘術なら何時でも教えてやるぞ。」
願ってもない申し出だった。
もっと強くなりたい。
「じゃあ、あのビームの撃ち方教えてくれよ。」
母が放つ謎のビームを身に着けたかった。
「すまん、無理。」
遠いところを見つめる祖父。
「あれは武生の技ではないからのぉ…」
「じゃあ、なんなんだよ?」
「知らんよ。あんなの撃つの反則じゃと思わんか?」
俺の問いに、祖父は情けない顔で言った。
俺の母は何なのだろう?
そんな疑問が増大した。
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