第34話 宴の後

 パーティもお開き時間となっているけれど、まだだらだらと話している人たちがそこら辺にいる。芽依は翌日休みだったから、今回参加しているけれど、少し眠くなってきたけど、片付けもあるし、みんなが去るまで芽依は飾った花を集めて小さなブーケを作って、希望者に渡していた。鉄雄は天井の花を撤去している。

「芽依ちゃーん」と言って、美沙がグラスを片手に手を振る。

「小さくて可愛いー」と言って、思い切り頬擦りをされた。

「ちょっと」と勇希が止めてくれる。

「だってミニチュア作家は小さいものが好きなんだもん」と言って引き剥がされた文句を言っていた。

「あ、ミニチュアありがとうございます。素敵でした」

「…また作ったらプレゼントするわね。勇希、タクシー呼んでー。あ、あと、鞄持ってきて」とこき使う。

 かなり酔っているのか、少し目の焦点がぼんやりしている。そこへ撤去した花を山ほど抱えて、鉄雄もやってきた。

「嫌だー。いい匂い」と言って、鉄雄の持っている花を匂う。

「本当に大丈夫?」と鉄雄も心配した。

「大丈夫、大丈夫。お花って素敵ですね。私、今ネギ植えてて、収穫時期を逃しちゃって、うっかり花咲かせてます」と美沙は笑いながら言う。

 その美沙を見て、鉄雄は芽依に言った。

「心配よねぇ」

「そうなの。あの子、心配なの。いい子なんだけど、私と一緒で恋愛下手で。あ、でも私よりいいか。ダメンズ好きじゃないし…」

 鉄雄と芽依は(心配なのは美沙さんの方だ)と目配せをする。

「また会いましょうね」と美沙は手をひらひらさせながら、ふらふらと出口に向かう。

「タクシー来たのかな?」

「さあ?」と鉄雄も首を傾げた。 

「鉄雄さん、私、ちょっと付き添ってきます。グラス持ったまま、歩いて行っちゃったから」

「そう? 私、もう少し片付けあるから…」

 芽依は頷いて、美沙の後を追った。

「美沙さん、グラス…」と後ろから声をかけると、振り返って微笑む。

「芽依ちゃん…どうしたの?」

「グラス持ったままです」

「あ、あら、本当だ。勇希に返してもらわなきゃ。あれ? 勇希どこ?」

「多分、美沙さんの鞄探してると…」

「あらぁ。そうだったわ」と腰に手を当てて、グラスの中身を飲み干した。

「あ」と芽依が口にした時は黄色の液体は美沙の体内に吸収されて行った。

 そしてグラスを突き出されて「勇希に渡してきて」と言われる。

「あ、ここで待ってましょう」

 放っておくと、どこへ行くのか分からない。思わず美沙の手を握った。すると、美沙は芽依を見て「嫁に来ない?」と言った。

「え?」と聞き返した時、後ろに勇希が立っていた。

「ごめん。ものすごい酔ってる」と言って、叔母を支えた。

「…どうかしたんですか?」

「…あ。まぁ、いつものことですけど。ちょうど、昨日、ダメンズに逃げられたみたいで」

「ダメンズ?」

「叔母はダメンズが好きで…。まぁ、本人が好きなんだから仕方ないですけどね」

「美沙さん…綺麗なのに」

「幸せになって欲しいですけど…本人が望むことが何よりですから…」

 年頃の男の子の割には落ち着いた考えなのは、やはり忘れられない彼女がいるからだろうか? と芽依は思った。

「ダメンズ…って魅力…」

 美沙は酔いすぎて、芽依の肩に頭を乗せた。

「あ、ごめんなさい。すぐにタクシー呼びます」と慌てて勇希はスマホを操作する。

「大丈夫です。私、こう見えて、力持ちなんです。…でもこのグラス返してきてもらえませんか」と芽依は美沙のグラスを勇希に渡した。

「本当、ごめんなさい。すぐ戻ってきます」と言って、勇希はグラスを返しに行った。

 肩に頭をもたせかけていた美沙が芽依の顔をじっと見る。

「芽依ちゃん。…恋って辛いね」

「…はい。辛いです」

 美沙の視線が逸れて、視線が力無くぼんやりしだす。

「でもねぇ。あの子には…幸せになってほしいの。あなたにも…私も…みんな」と瞼が降りるので、芽依は美沙の腰を支えて待つことにした。

 甘くて、優しい匂いがする。本当に急いで来たのだろう、すぐに勇希が戻ってきた。

「叔母さんが…すみません。タクシーも来たようなので」と勇気が言うので、芽依は二人を見送ることにした。

 タクシーに乗り込むときに「お礼、いつかさせてください」と勇希が言う。

「うちに遊びに来てね」と美沙も手を振った。

「はい」と言ったものの、芽依は二人の連絡先も知らない。

 タクシーを見送ると、鉄雄のところに戻ったが、鉄雄は綺麗なモデルの男性と楽しそうに片付けしながら、話していた。いつもはすぐに芽依に気がつくのに、今日に限って、鉄雄は全く気が付かなかった。何を話しているのか、話題は途切れないようだった。芽依はそのままそっとその場を離れた。

 少し辛くなったので、芽依は表の空気を吸いに出る。

 芽依のことを決して異性として見てくれない、優しい人をそろそろ諦めるべきだろうか、と夜空を見上げた。

「ちんちくりんちゃん」と呼ばれて、芽依は振り返る。

 あのデザイナーが立っていた。

「あなた、本当に不思議な子ね。とっても可愛かったわ」

「ありがとうございます」

「専属モデルにしたいくらいよ。てっちゃんが怒るかしら?」

「…さぁ。…多分、あれは何て言うか…言ってるだけのような」

「世界はね。あなたが作るの。てっちゃんがどう思ってるかなんて、それは些細なことよ。あなたがどうしたいかで世界は変わるから」

「そう…かな」

 そう言われても、今、まさに鉄雄は気なる人と楽しい時間を過ごしているのだから、芽依は邪魔でしかないだろう、と思う。その時、タクシーが一台、芽依の前に止まった。

「あらー。素敵な甥っ子ちゃんじゃない」とデザイナーが手を胸の前で合わせる。

「あれ? さっき帰ったのに」と芽依も驚いた。

「…叔母さんのことばっかりしてたから、自分の鞄…忘れて…」とものすごく恥ずかしそうに言う。

「やだー。もう、本当に可愛いんだから。急いで帰らなきゃダメなの? ゆっくりして行ったら? それとも二次会行く?」というデザイナーの言葉に勇希は首を横に振った。

「明日の、犬の…散歩…頼んでて。芽依ちゃん、よかったら、今からでもうちに来てー。私、絶対、明日起きられないから」と奥の席から美沙さんが身を乗り出した。

「あ、とりあえず、鞄、取ってきますね。どこら辺ですか?」と芽依が言うと、「いや、自分で行くから」と勇希がタクシーから降りた。

 芽依も行き場がないので、勇希の後を付いて行った。会場に入ると、だいぶ片付いていたが、鉄雄はまだモデルと親しげに話していた。芽依はそれを会場の隅で眺めていると、勇希が自分の鞄を取って来た。視線の先を追って、芽依が見ているものを見た。

「今から…うち、来ませんか?」と勇希から声をかけられた。

「え? あ…」

 鉄雄は今日は芽依と帰らないかもしれない。いや、きっと芽依と帰ってくれるだろうが、本当は彼と過ごしたいはずだった。

「ありがとうございます。一応、言ってきますね」

 芽依は鉄雄に駆け寄って「ミニチュア作家さんの家に泊まらせてもらうね」と言った。

「え?」

「今晩はフリーです」と言って、芽依は頭を下げて、勇希のところに走って戻った。

 鉄雄が連れ戻しに来てくれるかもしれない、と芽依は淡い期待もあったけれど、期待は弾け壊れて、そのまま勇希たちのタクシーに乗った。見送ってくれたのは、あのデザイナーだけだった。

 タクシーの中で芽依は美沙にぎゅっと抱かれた。

「帰ったら一緒にお風呂に入ってね。私…一人だと溺れるかもしれないから」

 芽依も美沙に体を預けて、目を閉じた。

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