第11話 舞台上の二人
姉弟の美しい身体を見てから数日後、月子の姿は薄暗い客席の隅にあった。
祖父の喪が開けていないので、本当は神社の境内に入ることは禁じられている。しかし、どうしても気になってしまったのだ。
――お客さんの前で、二人はどんな風にあの鱗を見せるんだろう
龍はあの日告げた通り、月子が望めばいつでも鱗を見せてくれた。喜ぶ月子を見て龍も嬉しそうにしながら、
『月ちゃんに見せている時は、なんだかいつもの鱗じゃないみたいだなぁ』
などと言うのだ。
その言葉が気になった。
それに年頃の娘である緋奈が客たちの前で、あんな風に肌を曝け出すのだろうかと、気の毒になってしまったのだった。
――座長さんに頼めば、息止め芸だけにしてもらえるかしら
悟であれば、分かって貰えそうな気がする。月子は今晩にでも頼みに行こうと決めていた。
祭りは明日からだが、境内に並ぶ出店は前日から営業を始めている。見世物小屋もこの日から客呼びを始めていた。
初日とあって、客席はほぼ満席状態だ。十郎にこっそり頼んで中に入れてもらった月子は、敢えて大柄な客の隣に陣取り、目立たないよう背を丸めながら開演を待っていた。
「オイ、月子」
突然背後から肩をつつかれて、飛び上がりそうになった。
「何してるんだよ。来れないんじゃなかったのかよ」
「かっちゃん一人?」
「雄二とバンちゃんと一緒だよ。もう来るんじゃないかな」
「お願い! ここにいたこと、他の人には内緒にして」
「はぁ?」
克輝とよく一緒に遊んでいる二人の男子の名前を聞いて、とりあえずはホッとする。彼らは告げ口をするような人柄ではない。
「どうしても、見たくなっちゃって」
俯いた月子に、克輝はやれやれと呟いた。
「お前の家族は誰も来てないし、ばれやしないよ。終わったらそのまま人に紛れちまえばいいだろ」
「ありがとう……」
月子のすぐ後ろに克輝が腰を下ろしたところで、丁度司会の口上が始まった。
幕が上がる。
***
顔見知りの芸人達が、次々に芸を披露していった。
見世物小屋を見に来るのは初めてではないし、彼らの日常の姿をよく知っている月子にとっては、別段驚きを感じることもなかった。
客たちから上がる、驚き声やどよめく声、歓声と拍手。それらを聞きながら、どこか遠く離れた別の場所から、この光景を俯瞰している気分になっていく。
――あ
舞台袖から、龍と緋奈が手を繋いで出てきた。
――龍、表情がかたいな……
微笑む緋奈と並び立つと、少年の緊張を膨らませた表情が余計に目立った。
白い顔が青ざめて見えてきて、月子の胸がざわめいた。
「あれか? 新しく入ったって芸人は」
後ろから克輝が訊ねてくる。
「お姉さんと弟なんだよ」
月子の短い説明に、克輝の友人たちが「へえ」と相槌を打った。
「あの目、どうなってんだ……?」
「異人さんの血が入ってるのかな」
少年たちと同様の反応を示す小声が、客席のあちらこちらから聞こえてくる。
その言葉のどれもが、畏怖を含んだような、怯えるような調子を持っていたので、月子は居た堪れなくなってきた。
――どうして?……あんなに綺麗なのに
電球の光を受けた姉弟の瞳は、やはり美しい色彩を持っていた。明るい場所では赤っぽく見えると言った緋奈の説明通り、灰青色よりも黄赤の輝きが目立っている。漆黒の黒髪がかかる白い顔の上で、その色合いは二人の存在を誇示しているようだった。
「いかがでしょう? 宝石の瞳を持つ、この若い姉弟…………龍神の血を受け継いでいるのです!」
司会役の男が、客の関心を煽る。更なるざわめきを誘うように、緋奈と龍の前に水の張られたタライが運ばれてきた。
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