第3話 モンスターになって初めての、レベルアップ

 最初に感じたのは、温かな感触。

 けれどすぐに肌に突き刺さるチクチクとした感覚に目を開いた。


(俺は……どうなって……)


 上層まで来たことは覚えている。

 そしてその後力尽きて……そして?


 視界に映るのは巨大な草だった。

 首だけを動かしてみると、四方八方を草に囲まれていた。


 ここはダンジョン内の草むらだろうか。

 そう思って起き上がり、周囲を見渡しているときにあることに気づいた。


(傷が……治っている?)


 気絶していたために疲労も少し回復しているが、それ以上に体の傷が消えていた。

 それに俺が気絶していた場所の事を考えると。


(あの子が……助けてくれた?)


 意識を失う寸前に見えた栗色の髪の少女。

 あの子が俺の傷を癒してくれて、見つからないように草むらにまで動かしてくれたのか。


 彼女には感謝しかない。

 だがそれ以上に。


(俺……まだ生きているんだな)


 この姿になってから何度も思ったことを、再度思う。

 けれど今回は違う。


 あの時はもう死んでもいいとさえ思った。

 この地獄から解放されるなら、それでもいいかなと。


 けれど俺は救われた。

 名前も知らないあの子に助けられた。


(生きないと……だよな……)


 モンスターになった。人間だった頃の体はなくなった。

 能力も、希望も全て消えた。


 けれど、命は与えられた。


(それに……生きていれば、またあの子に会えるかもしれない)


 それに希望も得た。

 今は生きようという気力で満ち溢れている。


(とりあえず……落ち着いて色々考えてみるか)


 草むらの中で伏せをして目を瞑る。

 生き残るために、まずは俺自身について振り返らないといけない。


 俺は子猫くらいの大きさのモンスターになっている。

 下層から上層にかけて、勝てる見込みがないほど弱体化している。


 そして何よりも、ステータスが分からない。

 せめてモンスターチェッカーがあれば良かったのだが、下層に置いてきてしまった。


(仮にレベルが1になっているとして、レベル上げは必須か)


 なんとか逃げ隠れしながら上層まで進んできたが、ダンジョンの入り口に向かうにしても俺自身の強化は必須だ。


 少なくとも今の実力ではなにか事後が起こったときに命を散らしかねない。

 とはいえ、どう上げたものか。


(ここはTier2ダンジョンで、上層でもモンスターのレベルは最低で300ある)


 出会っただけで実力差を感じるならばレベル差は相当なもの。

 それでも倒すなら、方法は一つだ。


(寄生しかない)


 探索者界隈でグレーな行為として寄生行為というものがある。

 別名ブースティング。


 レベルの高い探索者とパーティを組んで自分よりもレベルの高いモンスターを倒し、レベリングをする行為の事だ。


 入る経験値に関しては寄生をする側のレベルに依存するので劇的に上がるわけではない。

 さらに格上のダンジョンや階層に潜るという事は命の危険度も上がる。


 なので探索者時代には寄生をしたことも、寄生をさせたこともなかった。

 けれど今の状態ならば、これしかない。


(寄生をする条件は簡単で、モンスターに一撃でも与えればいい。

 でも今の俺はモンスターだ)


 探索者とモンスターが戦っているところに割って入ってしまえば、両者から敵と認定されてしまうだろう。


(探索者と戦っているモンスターで……めっちゃくちゃ弱っているやつを殴る……とか?)


 ふむ、と俺は首を傾げる。


(この姿になってから逃げ脚には自信がちょっとはある。

 やってみる価値はあるか)


 ゆっくりと目を開き、起き上がる。

 この地獄で生き延びるための生活が、始まった。




 ×××




(なんて思ったけど、上手くいかないなぁ……)


 それから三日後、俺は未だに行動に移せずにいた。


 探索者とモンスターの戦闘は何度も目撃した。

 だがモンスターは群れを成すし、探索者はパーティを組む。


 格上というだけでなく、しかもそれらが集まった二つの集団を見ると、どうしても体が動かなかった。

 だって怖いし。


(鬼気迫った様子で戦っている連中の間に入るのは自殺行為……)


 ダンジョンの上層はそのダンジョンに挑戦したての探索者が挑む層だ。

 だからこそ彼らは必死にモンスターと戦い、死闘を繰り広げる。


 そんな中に子猫が一匹紛れ込んだらどうなるか。

 当然死ぬに決まっている。


 そう、だから今も遠くから戦いを眺めているのは仕方のないことなのである。

 あ、その攻撃バックステップで避けた方が良いよ。


(とはいえ……見れば見る程改善点だらけだなぁ……)


 少し遠くでモンスターと戦う少年少女の探索者を隠れて見守る。

 彼らは最近上層に挑戦し始めたばかりなのだろう。

 動きがぎこちなく、何度も被ダメージを負っている。


 今も、後ろに引くことが出来ずに怪我を負っていた。

 まだ若い少女のようだが、それに対して隣の少年が激昂した。


「この野郎! よくもマナを!」


 戦っているときに大声を出すのはあまり褒められたことではない。

 けれど彼は同じパーティの少女が傷つけられたことで我を失っているようだ。


 若いねぇ。青春だねぇ。

 そんなことを思っていると、彼の持つ大剣に光が集まっていく。


(おいおい……マジか)


「はぁ!」


 俺が驚くと同時に少年は光り輝く大剣を地面に叩きつける。

 スキルは知っているが、このダンジョンの上層で使える人材がいるとは思いもしなかった。


 扇形に衝撃波を飛ばす剣士職業の中級スキルだ。

 広がった衝撃波はモンスターを巻き込み、吹き飛ばす。


 俺の隠れている茂みの目の前に、瀕死のモンスターが落ちるという形で。


(……あ? ……おぉ?)


 目の前の状況に頭が追い付かない。

 けれど、ずっとこの時を待っていたであろう体は前足を無意識に動かした。


 茂みから少しだけ前足を出し、力の限り強く殴りつける。

 瀕死のモンスターがピクリと反応する様子を見るに、ほんの僅かだがダメージは与えられたようだ。


 ダメージが、与えられた。


(来た……与えられた……与えられた!)


 喜ぶのも束の間、足音を聞いて俺は脱兎のごとく逃げ出した。

 先ほどの探索者がとどめを刺しに来たのだろう。


 あの場に居たら見つかる可能性がある。

 喜びを一時的におさえる程の動物の生存本能に従い、茂みを抜け出して穴へと入る。


 ひょっこりと首だけを出し、耳を澄ませる。


「ったく、手こずらせやがって。よっと」


 肉を裂く嫌な音を聞く。

 これで経験値が入る筈。


 ――ドクンッ


 そう思うと同時、心臓が高鳴るのを感じた。

 体中の体温が一気に上がる。

 体毛が逆立っているのを感じる。


(なんだ……これっ……)


 人間だった頃には味わったことのない奇妙な感覚。

 それを必死に押さえる為に蹲る。


 自分が成長していると感じる。

 それも、超スピードで。


 体はどんどん熱くなり、その熱さにぼーっとし始めた時。

 ようやく熱が引いていくのを感じた。


 少しずつではなく、まるで波が引いていくかのように一気に収まっていく。

 やがて先ほどの高熱は嘘だったかのように消え去り、体の怠さも消えていた。


(……お? おぉ!?)


 顔を上げて真っ先に思った。


 ――俺、デカくなってね?


 なんだか体が一回りくらい大きくなっている気がする。

 それに自分が強くなっているのも感じた。


(せ、成長した! レベルアップだ!)


 まるで初めてレベルが上がったときのように内心ではしゃぐ。

 喜びを体中で表現しようとして。


(……あ)


 自分が穴に嵌っていることに気づいた。

 レベルアップで体が大きくなった結果、穴に体がつっかえている。


(おいこれ! 出れ……出れるよな!?)


 レベルアップしてすぐに、俺はモンスターではないものに苦戦する羽目になった。

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