第21話 太宰治

今日も夜開店一番乗りで化け蛙のオトさんがやって来た。

「いらっしゃいませ~」

「何かオススメの本はあるかね? なるべく文豪のが良いんだが」

 夏目漱石をあらかた読み終えてしまったオトさんは新たな文豪を開拓しようとしていた。

「でしたら太宰治とか、どうですか? 俺けっこう好きなんです」

「太宰って『人間失格』とか暗いのばっかり書いてるんだろう?」

 確かに太宰は『人間失格』のイメージで語られることが多く、最期は心中だったため、誤解されやすい作家だ。

 俺は、そんな太宰を不憫に思い、オトさんに反論した。

「太宰を『人間失格』だけで語るのはナンセンスですよ。『走れメロス』とか『斜陽』は青春の話だし、『お伽草子』とかはコメディです」

「そうかい。名前は聞いたことがあるが、読んだことはなかったな」

 妖怪には多分、義務教育がないので、中学校で『走れメロス』を読むこともないのだろう。

「では、ぜひ読んでみて下さい。『走れメロス』が入った短編集が、こちらになります」

 俺はオトさんの手に『走れメロス』を渡した。

「ここに収録されている『駈込みかけこみ訴え』は太宰が口頭で喋ったことを妻に書き取らせた話なんです。即興の小説を作り上げてしまえる太宰の才能には脱帽します。ぜひ読んでみて下さい」

「そこまで言うのなら、これを買っていこうかな」

「はい。ありがとうございます」

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