第5話 天才令嬢が現れた!

「俺、教団のやってることとか、魔女のこととか、あまりよく分からないけれど、クロエは悪くない……と思う」

「ありがと、気休めでもそんなこと言ってくれて嬉しいよ」


 そう答える彼女は全く嬉しそうじゃなかった。もっと別の言葉をかければよかったかもしれない。と、少し後悔する。



 そうこうしているうちに、目的地である王都が近づいてきた。前方に石壁に囲まれた大きな町が見える。


「王都って本当にあったんだな……」

「冒険者のくせに知らなかったの?」

「いやぁ、王都の存在自体は知ってたんだが……」

「そう言う私も王都は初めてなんだけどね」

「マジか」



 だが、すぐに問題が発生してしまった。

 王都に入る門の前には衛兵が立っていて、簡単な検問があったのだ。俺はともかく、幼い頃に聖フランシス教団に拉致らちされて教団から逃げ出してきたクロエには身分を証明するものがない。

 俺の服の裾を掴み、クロエはそわそわと門の様子を伺っていた。


「クロエ、ここは何とか誤魔化すしかないよな? もし怪しまれて入街拒否されたら王都の外で野宿だぞ?」

「うぅ、でも……」

「しょうがないだろ? ほら、行こう」


 クロエの手を取り、二人で門番のもとへと向かう。すると、こちらの姿を認めた衛兵は笑顔で話しかけてきた。


「おぉ、旅のお方かな。ようこそ王都アルスメラルダへ! ──と、そちらの方は……?」


 衛士の視線が俺たち二人の間を泳ぐ。大剣を担いだ少女なんてどう見ても怪しいので仕方ない。

 俺が言い訳しようとすると、それより前にクロエが口を開いた。


「その……私、聖フランシス教団の回復術師で……王都で仕事を探そうかなと……」

「通行許可証はお持ちですかな?」

「な、なにそれ……?」

「ふむ、持っていないようですね。教団が認定した回復術師には、教団から通行許可証が支給されるのですが……それを見せてもらえますかね?」


 まずいな、これでは簡単に追い返されてしまう。なんとかしないと……と思った時だった。後ろから誰かの声がかかった。


「すみません。その方たちはわたしの連れなんです」


 振り返るとそこには、騎士風のマントに身を包んだ緑髪の小柄な少女がいた。外見はとても幼く見えるが、その仕草には洗練されたものを感じる。──只者ではないだろう。

 案の定、少女の姿を確認した衛兵は、恐縮した様子で頭を下げた。


「こ、これはサロモン侯爵家のルナ嬢! た、大変失礼いたしました! どうぞお通りくださいませ!」

「いいんですよ、よくあることですから。さあ皆さん、参りましょう」


 ルナという少女に促され、俺とクロエは並んで歩き始めた。城門をくぐったところで、俺はルナに声をかける。


「……あの、あなたは?」


 俺が尋ねると、少女は微笑んでからこう答えた。


「はじめまして。わたしの名はルナ・サロモン。サロモン侯爵家令嬢にして、七聖剣セブンスナイツの第六席を預かる身です」


 ──えっ、この子が七聖剣の一人!?


 七聖剣といえば、この国で最も優れた戦士に与えられる名誉ある称号。この国の平和を守り続けてきた最強の騎士団──『聖騎士団』を率いる七人の部隊長のうちの一人。精鋭中の精鋭だ。

 目の前にいる少女の見た目からは想像もつかない肩書きに驚いていると、クロエがぽつりと呟いた。


「……聞いたことある。幼くして強力な風属性魔法に目覚め、一気に七聖剣にまで上り詰めたヤバい令嬢がいるって」


 確かにそれはすごいな。


「でもなんでそんな天才令嬢が私たちを助けてくれたのよ?」


 クロエが疑問を口にすると、彼女はにっこりと笑みを浮かべて振り返った。その仕草に、少し子どもっぽいものを感じて、ああやっぱりこの子も年相応の女の子なんだなと思わせるものがあった。

 ルナは周囲を気にするような素振りを見せてから、俺たちに顔を寄せて声を潜める。ふと、花のようなほのかな香水の匂いがした。


「『聖フランシス教団』という言葉が聞こえてきまして。──あなた、教団から逃げ出してきましたね?」

「──っ!?」


 ルナの言葉に、クロエが咄嗟に身構えた。背中の大剣に手をかけ、警戒心あらわに彼女を見つめている。すると、今度はルナが慌てた様子で口を開いた。


「ああっ、落ち着いてください! 誤解なんです!」


 彼女は一度言葉を区切ると、「コホン」と咳払いをして続けた。


「詳しい話はあとにしましょう。ひとまずわたしの家においでなさい。匿いますよ」



 ***



 言われるままに、ルナに連れられて彼女の自宅へとやってきた。途中で俺とクロエは王都のにぎやかさに圧倒されていたが、彼女の屋敷の大きさは俺たちの想像をさらに上回るものだった。

 ルナはお屋敷の前で足を止めると、俺たちを振り返る。

 彼女の家は王都の中でも一、二を争うほどの大邸宅だった。広大な庭には綺麗に整えられた芝生が広がり、中央には小さな噴水まである。

 すると、屋敷から一人の若いメイドが走ってきて、ルナに声をかけた。


「お嬢様! どちらに行かれていたのですか!? また勝手に出歩いて……これが旦那様に知れたら……」

「申し訳ありません、ちょっと野暮用で……」

「そちらの方々は?」

「──協力者です」

「なるほど、そういうことでしたら……」


 納得した様子のメイドとルナを前に、クロエがポツリと呟く。


「うわぁ……ほんっとうにお嬢様なんだ……」

「なんだよ、ビビってるのか?」

「まあ正直ね。彼女の目的が分からないし」

「悪いやつには見えないけど?」

「男はすぐそうやって可愛い子にだまされるのよ。いい? くれぐれも油断はしないこと!」


 小声で会話をしていると、ルナが大きな扉を開いて言った。


「ささ、どうぞ中へ。──大丈夫、この屋敷にいる者は皆信用できますから」


 彼女に案内されるがまま邸内に入り、大きな螺旋階段を上がって二階にある客間へと向かった。通された部屋のソファに腰かけると、ルナが向かい側の椅子に座った。


「改めまして、ようこそサロモン邸へ。……何から話せばいいでしょうかね……」

「まず最初に、なぜ俺達を助けたんですか? あなたになんのメリットがあるんです?」

「怖い顔をしないでください。わたしはあなたたちの敵ではありませんから」

「……じゃあその証拠を見せてください」


 俺がそういうと、ルナは大きな瞳をさらに見開いてからクスッと笑って言った。


「あなた方にお示しできる明確な証拠はありません。ただ、あなた方がなぜ危険を冒してまで王都にやってきたのか当てることはできますよ?」

「どういうことですか?」

「簡単です。あなた方は『聖フランシス教団』から逃げている。──そして、王都で教団に反抗する組織を探して接触を試みようとしている……といったところでしょうか?」

「どうしてそれを!?」


 思わず身構えた俺たちをルナは慌てた様子で両手を上げて制した。先程もそうだったが、普段は落ち着いた様子の彼女が慌てるのを見るのはなかなか面白い。


「ああっ、落ち着いてください! 別に脅しているわけでもなんでもないのです! 本当にわたしたちはあなたの味方なんです!」

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