第32話
言い方のニュアンスが気になった、あれだけ仲が良かったのに卒業と同時にそんなに疎遠になってしまうのだろうか、いや、女同士の友情なんてそんなものなのかも知れない。
「麗娜は宣美から何も聞いてないんだ」
まあ聞いてたら連絡なんてしてこないか、と言う典子に「なんのこと」と問いかけたが曖昧に濁されてしまった。
「実はね、オンニが少しおかしいの」
麗娜は青ケ島で宣美がやろうとしている事、朝鮮学校での過剰なまでの演出、石川孝介までも巻き込んでいく常識の範疇を超えた行動がまるで宣美らしくない事を伝えた。
当然、中高と宣美を知っている典子もその行動に驚きを隠せないはずだ、と予想していた麗娜だったが、典子の反応は少し違った。
「ふーん、良いじゃない」
といった後、何か思い出したように顎に手を当てて考え事をしている「ってことは」「あれも宣美が」などとブツブツと呟いている。
「良くないよ、典子ちゃん、島の人達すっごくいい人達なんだよ、それを殺すなんて、おかしいよオンニは」
必死で訴えるがまるで響いている様子はない。
「表面上のいい人なんてまったく信用できないわ、宣美はそれが分かっているから自分たちで開国しようとしている、それに……」
なぜか典子はギリギリと奥歯を噛み締めている、そして吐き捨てるように呟いた「あいつなら実現しかねない」と。
「石川孝介を呼んでもらえる?」
と、典子が言い出したのはすでに居酒屋に入って三時間、二十時をまわってからだった。
「え、どうして」
「うん、宣美を救うにはあのロリコン野郎の力が必要になるかも知れない、今のうちに取り込んでおこう」
どういう事かまったく理解できない麗娜をよそに話はどんどん進んでいく、先日あった時にもらった名刺には携帯電話の番号とメールアドレスか記載してある。
典子は自分の携帯をバックから取り出すと躊躇せずにダイヤルを押していく。麗娜はその光景をみながら「わたしも携帯電話ほしいなあ」などと的はずれな考えを巡らせていた。
典子は耳に当てていた携帯を無言で麗娜に渡してきた、恐る恐る耳に当てると「どちら様ですか?」と石川孝介の声が漏れ聞こえてくる、どうして線が繋がっていないのに通話できるのだろうか、またしても余計なことを考えていると「イタズラかよ」と聞こえてきたので「まって、麗娜です」と応答した。
そこからは早かった、仕事中の石川は中断していまから向かうと言って、その三十分後には店の扉がカラカラと空いて、ハアハアと呼吸を荒くした石川が立っていた。
「やあ、麗娜、まさか電話くれるなんて嬉しいよ、コチラは」
麗娜たちのテーブルまで来ると前に座る典子に視線を移す、典子は「お久しぶりね」と言ってウインクした、みるみるうちに石川の顔が青ざめる。
「げっ、おま、お前は、あの時の」
二歩、三歩と後ずさる石川、麗娜はとりあえず座ってよと促して、自分は奥に詰めると今度は破顔して麗娜の隣に座ってきた。
ハンサムな顔が怪人二十面相のようにコロコロと入れ替わる。なぜか憎めない、幼少期にされた事も周りが騒ぐほど悲観していなかった。
「最近、国会でアホな法案を通そうと躍起になってる理由が判明したわ、で、どうなの?」
渋々と言った具合で典子とグラスを合わせた石川は政治の話を振られると真面目な顔に切り替わる。
「党からも批判されて立場なしって所かな、でも考えてみたら変だろう、日本に生まれ育ち、日本語しか喋れない在日朝鮮人だって多くいる。税金を日本に納めて年金は受け取れるのに選挙権がない、おかしいだろ、反対派の言い分は在日朝鮮人には韓国と北朝鮮において選挙権を有しているだと、はっ、行った事もない国の選挙権なんかいらねえだろって話だよ」
でも大丈夫、と石川は頷いた。
「意外にも親父が協力的なんだ、自分の正義があるなら貫いてみろって、若いうちに実績を残せって、成美ちゃんとおんなじ事いってやんの」
石川は殆ど食べる所が残っていないホッケをなんとかかき集めながら食べている、もう一個頼めばと言ったが麗娜の食べ残しが食べたいんだ、と聞かなかった。
「相変わらずの変態ね、ところで独立国家の方は厳しいんじゃないの、さすがに」
典子は枝豆をつまみながら上目遣いで石川を見た。
「厳しいも何も不可能だよ、国が認めるわけがない」
「そうよね、でも、もし国に認められる事が目的じゃなかったらどおかしら?」
「と、言うと」
二人の会話に麗娜は入っていけない、とにかくオンニに人殺しなんかさせたくないだけだった。
「青ヶ島には在日朝鮮人しか入れない、入ってきたら殺す、そもそも好き好んで行くような島でもないし、そんな噂が、ニュースにでもなれば実質的にあの島は在日朝鮮人だけの島になるんじゃないの」
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