第30話

 袖からステージ上にある講演台に向かうと歓声が上がる、軽く手を振りながら応じた。講演台に両手をついてマイクの音量をチェックする。


「本日はお集まり頂きありがとうございます、今日はみんなに大切な報告があります」


 百五十人の島民を見渡す、圧倒的に年寄りが多い事に今更ながら気がついた。この環境下でいったい何人が生き残れるだろうか心配になる。全員死んでは人質にならない。


「えー、みなさんには今から人質になって貰います」


 笑顔で報告するが反応がない、となりの人間と顔を見合わせいるがお互いに理解できていない様子だ。宣美は軽く左手を上げた、それが唯一の脱出経路を絶つ合図だった。


 宣美の目の前に数十本のもの鉄の棒が競り上がってくる、ちょうど登り棒のような太さの鉄棒は十センチ程の等間隔でニョキニョキと筍のように地中から生えてくる。鉄の棒が天井までだどりつくとガシャーンと大業な音を立てて止まった。等間隔の鉄棒の隙間から見える島民達はまるで牢屋に入れられた囚人のようだった。

 

 いや、と宣美は考えを改める。向こうからみれば自分が牢屋に入っているように見えるだろう。ステージ上は動物園にいるライオンを閉じ込める檻のようだ。


「ちょっと、成美ちゃん、こりゃなんだい? 人質ってのは」


 『憩い』の大将がフラフラとステージの前まで歩いてきたが宣美は目も合わせないで続けた。


「この島は私たち在日朝鮮人の国にします、日本人の貴方達は政府との交渉の為に人質になって頂きます」


 島民達は怒るでもなく、悲しむわけでもなく、己に何が起こったのか理解していないようだった、眼下にいる大将も口をぱくぱくさせるだけで何も言葉を発しない、もう少し怒号が巻き起こるかと予測していただけに少し拍子抜けだった。


「水も食料も十分に用意してあります、ダンボールとブルーシートも用意しました、各々好きなように使って結構、ただ貴重な電力は自分達で発電してください、右手にある自転車を漕げば蓄電されるようになっていますので」


 そう言うと島民達は一斉に自分たちの左手にある自転車のような物体に目を向けた。すると島民の中では比較的若い男が入ってきた扉に走っていった、ようやく自分たちの置かれた状況を把握してくれたようだ。


 男は扉を引いたり押したり蹴っ飛ばしたりしているがびくともしない、それもそうだろう、すでに外側からがっちり溶接してしまったのだから。


「くそっ!」


 男はもう一度扉を蹴り上げた。


「わかって頂けたでしょうか、脱出は不可能です」


 そこでようやく集められた島民たちが騒ぎ出した、扉の前に大挙してどうにか扉を開けようと四苦八苦する男たち、壇上にいる宣美に罵声を浴びせる女たち、冷めた視線をステージ上から眼下にいる島民に向けていると最前列にいた『憩い』の大将がようやく宣美に向かって話しかけてきた。


「成美ちゃん、なぜこんな事、俺たちがどうしてこんな目にあわなきゃならないんだい?」


 宣美は大将の目を見て答えた。


「それは、あなた達が日本人だからです」


 目を剥いて絶句する大将を横目に、宣美は舞台袖に消えていった。変わらず日本人収容所では怒号が飛び交っていたが唯一の出入口となったステージ裏の扉を閉めると驚くほどその声は聞こえなくなった。

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