第011話 ミリーナ・インスパイア

あたしの名前はミリーナ・インスパイア、つい先日成人を迎えた華の15歳だ。


お父様のマロー・インスパイアはあたしが住んでいるここセインツ王国でも1、2を争う大商人で貴族の位も持っている凄い人だ。


そしてお母様のアメリア・インスパイアはそんなお父様に見初められて結婚した幸運な方だ。


娘のあたしからみてもお母様は美人なので、お父様が惚れ込んだのもよく分かる。


そうそう、家庭環境だが、普通の貴族の家だと父親が「〇〇家の恥にならないように」といった具合に厳しいらしいがあたしの家ではお母様が厳しい。


もちろん普段は優しいのだが武術と勉学に関しては一切の妥協を許さなかった。


逆にお父様はあたしに甘過ぎるので、少しだけ距離を置いている。


執事の話だと最近あたしが構ってくれないと落ち込んでいるらしい。


少し申し訳ない気はするが、あたしも甘やかされて生きていたくはないのでお父様には我慢してもらうしかない。


ただ、2歳下の妹がお父様に捕まって甘やかされ過ぎて育っているのだけは後悔している。


お母様の厳しさについてだが、やれ「インスパイア家の者として」などとは言わず、次の言葉を良く言うのだ。


「男に守られるのも良いでしょう。だだ、あなたは好いた男を守れるように強くなりなさい」

 

「今の時代は、男よりも頭が良くなくてもいいでしょう。ただ、あなたは好いた男を支えられるように賢くなりなさい」


そして、最後には決まって、


「もしあなたが心の底から惚れた男ができたら何があっても絶対に離れずついていきなさい」


とそういうのだ。


何年か前か忘れたが、お母様がどうしてそう思うようになったか聞いたことがあった。


しかし、お母様は寂しそうに微笑むだけで教えてはくれなかった。


その時の表情がとても印象的で後にも先にもその時を除いてはお母様にそのことを聞くことはしなくなった。


お祖父様やお祖母様に聞いてみたことがあるが、こちらも黙ってあたしの頭を撫でるだけで教えてはくれず、なるべくお墓参りにはついていって上げてとだけ言われた。


なので、毎年行くお母様の生まれ故郷にあるお墓に関係しているのだろうと理解している。


お母様の実家といえば、その隣に住んでいたゾイドおじさんやミリーおばさんにはとても良くしてもらった。


お母様がお墓参りに行くたびにあたしはゾイドさん達の家で待っていてと言われたのでよく遊んでもらっていた。


だから、お母様が誰のお墓参りに行っていたかは知らなかった。


ちなみにあたしがお墓までついていくようになったのは5年前からだ。


それは、あたしを可愛がってくれたゾイドさんやミリーさんが亡くなったためである。


あたしは凄く悲しかったのを覚えている。


その時初めてお母様からあたしのミリーナの名前はミリーおばさんから名前を貰ってつけたと教えてくれた。


昔、お母様が苦しくてどうにもならなかったときに命を救ってもらったのがミリーおばさんだったらしい。


その話を聞いたときからあたしは自分の名前がより一層好きになった。


そうそう、普段のあたしだが女には珍しく、騎士学校に通っている。


親に言われた訳ではなく自ら進んで通いたいと言ったのだ。


お父様には滅茶苦茶反対されたが、お母様はあたしを支持してくれて通えるようになった。


騎士学校はそのまま騎士になる下準備をするための学校で義務教育である共通学校が終わる12歳から18歳までの6年間となっている。


自慢じゃないが勉学も剣術も学年で1、2を争うくらいなので、お母様もとても喜んでくれている。


前置きが長くなったが、今は実地任務の最中である。


騎士学校の3年生になると騎士の方についていって実際の活動を体験する機会が増えてくる。


かくいうあたしも実地任務は3回目だ。


今回の任務は騎士がいない村の警邏なので普通なら何事も起こらない。


あたしは油断しないように程よい緊張感を保って騎士の先輩について歩いていく。


「あーあ、警邏なんてだるいなぁ」


あたしと同じく、騎士学校3年生のマークが呟く。


「そうだよな、俺らは卒業さえできればいいんだから実地任務なんてやりたくないんだよな」


マークに続いたのはトーマ。


マークもトーマも中級貴族の次男坊で、騎士学校卒業という箔をつけるためだけに通っている軟弱者たちだ。


騎士の先輩二人にもその発言は聞こえているが相手が次男とはいえ、中級貴族の子供なため何も言えないでいる。


「ね、ねぇ、ミリーナちゃん。2人の言葉を止められないかな?」


軟弱な態度を何とかしたいらしくもう一人の同級生であるアリスが訪ねてきた。


メガネをかけたいわゆる勉強派の女の子だ。


この子にだけはあたしは勉強で勝った試しがない。


「やーよ、面倒くさい」


「ぇぇ~」


あたしの言葉にオロオロするアリス。


そんなやり取りをしていたときだ。騎士の先輩達が緊迫した雰囲気を出したのは。


「騎士学生は今すぐ町にいって応援を呼んできてくれ!」


あたしはすかさず、状況を確認する。


「どうされたんですか!?」


「今向かっている村が襲われているようだ。我々二人は現場に駆けつける!君たちは応援を呼んできてくれ」


騎士の先輩の言葉に村を見ると、怒号と悲鳴その他色々な声が聞こえてくるのが分かった。


「かなりの人数みたいですよ。お二人だけでは厳しいのでは?」


あたしの現実的な言葉に騎士の先輩たちは笑って、


「そんなことは分かってるよ。だが、俺らが行かずして誰が行く」


「その通りだ。ここで行かなかったら騎士の誇りを失う」


そう言って村に向かって駆け出した。


そうよね、ここで行かなかったら後悔する。


「アリス!」


「な、なにミリーナちゃん?」


「騎士の先輩方が言っていたように大至急応援を呼んできて!マークとトーマは置いて行っていいわ」


マーク達は、緊急事態にパニックになって泡を吹いて気絶していた。


期待を裏切らないダメっぷりである。


「わ、わかった!ミリーナちゃんはどうするの?」


アリスがまさかと思いながら確認してくる。


「あたしは・・・現場に行く!応援要請頼んだわよ!!」


あたしは、そういうと現場に向かって駆け出した。


後ろからアリスが呼び止める声が聞こえるが振り返らなかった。


今日、死ぬかもしれない。


そんな思いに体が震えたが、あたしはそれを誤魔化すように走るスピードを上げたのだった。


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