第009話 敬礼

「「さあ、ルーク様あなたはもう自由です」」


あの裁判の後、あの2人の兵士に連れられルークは再び入り口まで来ていた。


「分かった」


そのまま立ち去ろうとすると声をかけられる。


「ルーク!」


振り返るとアジスが両手に何かを持った状態で走ってきていた。


「・・・アジス」


ルークとアジスは対峙する。


「すまなかった。本当に」


改めてアジスはルークに頭を下げる。


「・・・もういい」


アジスは顔を上げて、


「俺にも罰を与えてくれ」


“殴ってくれ”と言いたいのだろう。


だが、ルークは首をふる。


「・・・そうだな。なにか困ったことがあったときに助けてくれ。それで手打ちにしよう」


「・・・分かった。お前がそれでいいと言うなら」


アジスは渋々了承した。


そして両手に持っていた包みをルークに差し出す。


「これは?」


「裁判の後、大隊長に頼み込んでこれだけは貰えるようにしたんだ」


ルークはアジスから包みを受け取り、開ける。


「『鬼剣』か」


それは、戦場で数多の命を絶ち、と同時に数多の命を救ったルークの相棒とも呼べる剣であった。


見た目は単純な漆黒の諸刃の剣なのだが、特筆すべきはその硬度である。


特殊な製法で金属を圧縮に圧縮を重ねて作成してあり、剣の弱点とされる刃のない側面からの衝撃でも折れることはない。


事実、ルークは敵からの落石の攻撃を剣の腹で打ち返していたが『鬼剣』は傷一つつかなかった。


欠点とすれば、その重さだ。


尋常な重さではない。


一般人だったら、持ち上げることもできないだろう。


そんな剣をルークは片手で持ちあげる。


「せっかくで悪いが、これはアジスが預かっていてくれ」


ルークは軍を抜けるときにもう必要ないものだと置いてきていた。


その気持ちは今も変わらない。


「・・・わかった。必要になったら手紙をくれ。部下に運ばせる」


アジスは、もうここには来れないだろうルークに気を使った言い方をする。


「ああ。よろしく頼む」


ルークは『鬼剣』をアジスに渡す。


アジスは大事そうに両手で受け取る。


「じゃあ、な」


ルークはそう言うと、頼りなさげに歩いていった。


と、そこでアジスが声を上げる。


「皆の者、我らが英雄に敬礼!!!」


「「「ルーク様!お元気で!!!あなたのことは一生忘れません!!!ありがとうございました!!!」」」


アジスの号令で大音量の声が辺りに響き渡る。


ルークが驚いて振り返ると、軍から大勢の人間が出てきて一斉に敬礼をしていた。


数百レベルではない数千レベルの人数の兵士がそこら中から顔を出していた。


「く・・・馬鹿どもが」


この後あいつらはルークに対して敬礼した罪で、罰が与えられるだろう。


そんなことは構わないと言わんばかりに全員が全員敬礼したまま、ルークを見送っていた。


これ以上見ていられなくなったルークは後ろに手を上げながら、ゆっくりと離れていったのだった。






「行ってしまったな。・・・ザラスよ、お前はとんでもないことをしてくれたな」


支部長室の窓からその様子を見ながら、エルザ―ド大隊長は後ろに控えている男・・・ザラス副大隊長に声を掛ける。


「・・・申し訳ございません」


ザラスは全身を包帯で巻いていた。全治2か月の重傷であった。


「ほう、悔いてはいるんだな」


「・・・はい」


正直なところザラスはルークが襲来するまで、そのことを忘れていた。


今までに罪の意識に耐えられなくなったアジスがルークに謝ろうと何度か言ってきたことはあったが、冗談ではない。今の地位が脅かされることなどして堪るものかと袖にしていた。


だが、ルークに殴られた後、アジスにルークの家族や許嫁の話を聞き、ザラスは後悔の念に苛まれていた。


「私にも、罰をお与えください」


ザラスはエルザ―ドに懇願する。


正直、エルザ―ドの裁量でルークの罪は『不問』とはしたものの銃殺刑になってもおかしくはなかった。


他の2つの支部、公国支部や教国支部の支部長だったら間違いなく銃殺刑にしていただろう。


「ふむ・・・ならば早く怪我を直し、今まで以上に私に貢献せよ。再び戦争が起きないように尽力したまえ」


それは、エルザ―ドの温情、ザラスはただただ頭を下げるのであった。






「・・・『剣鬼』不在と知って強国が再び攻めてこないといいんだがな」


ザラスが執務室を出た後、エルザ―ドはひとり呟く。


今回の件は、箝口令を出し支部外への漏洩防止をしたがそんなに長くは持たないだろう。


「今のうちに手を打っておく必要があるな」


そういうと、エルザ―ドは机に戻り、何かを書き始めたのだった。


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