第36話
もう少しで食べ終わるというところでセレニティの前に影が落ちる。
「口元にクリームがついてるぞ?」
スティーブンはセレニティの口元についたクリームを指で拭った。
マリアナは何故か頬を赤く染めて口元を押さえている。
セレニティは口内のものをゴクリと飲み込んでからスティーブンにお礼を言う。
「むっ……!申し訳ございません。このカップケーキがおいしすぎるせいかもしれませんわ」
「ははっ、こうして喜んで食べてくれるのを見ると持ってきた甲斐があるよ」
そう言ってスティーブンは紅茶を飲んでいる。
いつもセレニティが食べているところを見ては帰っていくスティーブンだが、セレニティはたまにはと思いある提案をする。
「スティーブン様もたまには一緒にいかがでしょうか?」
「いや、俺は見ているだけでいい」
「甘いものはお嫌いで?」
「いや……そういうわけではないが」
「マリアナ、スティーブン様の食器をお願い」
「かしこまりました」
スティーブンはその言葉に目を見開いている。
マリアナがワゴンから食器類を取り出してカップケーキを載せる。
今日もセレニティの希望で中庭でお茶をしていた。
雨が降っていない限り、基本的にはセレニティは外にいることが多い。
そして今日はスティーブンに自分が育てた花を見せてからお茶をしていたのだ。
そしてマリアナに二個目のカップケーキをもらい、今度は令嬢らしく丁寧に食べていた。
スティーブンも笑顔でカップケーキを食べているセレニティを見ながらフォークを動かしている。
「……君はいつも幸せそうだね」
「はい!わたくしは今、とても幸せですわ」
「セレニティ嬢を見ていると今まで感じたことのない感情になる。また昔のような笑顔を見れて本当によかった」
「昔のような?」
やはりスティーブンとセレニティは何かしらの接点があったのではないかと考えていたが、やはりそうだったようだ。
「シャリナ子爵に連れられて何度か城に遊びに来ていた際に、何故か毎回、迷子になっていた君を俺が助けていた。笑ったり泣いたり忙しそうに表情が変わって、不思議な気持ちになったことを今も覚えている」
「あっ……!あの時の」
「思い出してくれたか?」
「す、少しだけですけれども」
セレニティが城で迷子になっていると偶然にも同じ少年が助けてくれた。
それが誰なのかはハッキリと覚えていなかった。
なんせセレニティが五、六歳の話だし、その時シャリナ子爵の事業が一番軌道に乗っていた時期で登城したのもその時期だけだったからだ。
父が長い商談の間、ジェシーは大人しく本を読んでいた。
セレニティは我慢できずに城の外に飛び出した。
そして必ず迷子になり号泣しているところを助けてもらっていたようだ。
セレニティは誰か気にしたことはなかったようだが、話の流れ的にその少年がスティーブンだったようだ。
「覚えていないのも無理もない。君は幼かったし、いつも泣いていた」
「スティーブン様は何故城に?」
「毎日、ナイジェルに呼び出されて振り回されていた。騎士ごっこやら、誘拐された僕を探してみろ、と無茶を言われては城を走り回っていた」
「……!」
「そしてナイジェルを見つけるより先に、君が泣いていたというわけだ」
「そうだったのですね」
その時のスティーブンの優しい表情を見て、セレニティは何かいつもと違う気持ちを感じていた。
しかしその感情がなんなのかセレニティには言葉にできなかった。
「その時に俺にしがみつきながら嬉しそうに笑う君の笑顔を今も覚えている……どうしてだろうな。ナイジェルではなく、いつも君が先に見つかった」
「……はい」
「だからこそ、この件で君の笑顔を二度と見れなくなるのが嫌だったのかもしれない」
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