第34話
何より体を動かせる喜びと、ずっと起きていても体が疲れないこと。
それに食事が美味しいこと、薬が必要ないこと。
誰にも心配をかけることなく、迷惑をかけずに自分の意思でどこにでもいける。
周囲には違った意味で心配させているが、セレニティになってから当たり前のことをすることが嬉しすぎて、何をやるにも感動ばかりしていることで、今ではすっかり変人扱いである。
シャリナ子爵達が今、気にかけているのはスティーブンを狙っているジェシーだった。
ネルバー公爵と関わりを持てなかったことを悔いていたが、スティーブンが屋敷を訪ねてくるため希望は捨てていないらしい。
ジェシーも話を盛って両親に伝えるので、もしかしたら……という期待を持っているようだ。
新しいドレスに髪飾り、アクセサリーをジェシーに与えている。
今朝も新しく買ってもらったと、セレニティに自慢してきたばかりだった。
しかし全く興味がないセレニティは「まぁ!素晴らしいですわね」とにっこりと笑い適当に相槌を打っていた。
そうすればジェシーは満たされるのか満足そうに去っていく。
虚栄心が強く思い込みが激しい一番扱いやすいタイプではあるが、スイッチがスティーブンのために関わらないことが一番だと思っていた。
それに顔に傷があるセレニティを相変わらず見下してくる。
シャリナ子爵はセレニティの嫁ぎ先をどうするのか試行錯誤しているようだが、もちろん顔に傷があるセレニティを進んで引き取る貴族はいない。
まだ時間はあるということでシャリナ子爵達のセレニティへの対応は少しずつ変わっていったように思う。
奇行も相まって悪い方に向かっているような気がした。
これも物語と全く違う流れになったといえるだろう。
まだ赤みも残る傷痕は盛り上がっていて、化粧でも隠しづらい。
しかし子供の回復力は早いようで、傷は日に日に治っていく。
今はシャリナ子爵達のセレニティへの関心が薄れているので、とても動きやすい。
相変わらずマリアナだけはセレニティに厳しいが、それがずっと桃華の面倒をみてくれていた、ばあやと被って愛おしさも倍増である。
何度か間違えてマリアナを「ばあや」と呼んでしまったが「私は、ばあやではありません」と恐ろしい顔で言われたことを思い出す。
その後に「セレニティ様の子供にばあやと呼ばれるまでお仕えしたいものです」とポソリと呟いたマリアナの言葉に感動して号泣したのは記憶に新しい。
辛い時もずっと側にいて世話をしてくれたばあやは「桃華お嬢様が健康になってくださいますようお祈りしてきました」と言って一番に桃華の身を案じてくれていた。
「ばあやより長生きしてくださいね」が口癖だったことを思い出す。
そんなばあやの代わりともいえるマリアナに恩返しをしていきたいと改めて思っていた。
そしてさらに数ヶ月後、ついにガーゼも取れたセレニティは少しずつ表舞台に出るようになっていった。
セレニティは傷を気にすることはないが、やはり見目が重要なこの世界において大きなハンデを負っていることになるのだろう。
周囲の対応はセレニティに思った以上に冷たいものだった。
まるで穢らわしいものを見るような目、好奇の視線に晒されるのもいい気分ではない。
(セレニティがあそこまで取り乱すのも頷けるわ)
多感な時期の少女がこの状態に耐えられるはずもない。
しかし念願の健康な体を手に入れたセレニティには、他人にどう思われるのかは今のところ実害がなければどうでもいいのである。
(わたくしはこうして図太くいられますけれど……きっと、とても辛かったでしょうね)
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