二章

第33話 


───セレニティになってから数カ月の時が経過した。



やはり一番大きな出来事といえばセレニティがあまりにも外ではしゃぎ過ぎて壁にぶつかり、傷が開いたのか包帯に血が滲んだことによりドルフ医師とマリアナに怒られたことだろうか。

ドルフ医師からセレニティの様子を聞いたのかスティーブンが慌ててシャリナ子爵邸に飛んできてセレニティの様子を見に来た。


 

「セレニティ嬢、どうしてこんな無茶を……!」


「ほんのちょっとだけ走り過ぎただけで……大したことはしておりませんわ」


「傷が開いたのにか?」



スティーブンが怒っているような気がしてセレニティは顔を引き攣らせた。

確かに心配してくれているスティーブンには申し訳ないことをしたと、セレニティは素直に頭を下げる。



「…………申し訳ありませんでした」


「くれぐれも無理をしないでくれ」



そう言ったスティーブンは安心したのか溜息を吐き出していたあと、固い空気が消えて微笑んだ。

セレニティはいつものスティーブンに戻ったことに安堵して笑みを浮かべた。



「はい、今度は壁にぶつからないように気をつけますわ!」


「………………」


「スティーブン様?」


「マリアナ、話がある」


「はい、もちろんですわ。スティーブン様」



部屋の隅でマリアナと真剣な様子で話し合うスティーブンを見ながらセレニティは小さくなっていた。

もしかして外出許可がなくなってしまうかもしれないと思っていたセレニティだったが次はないという話でまとまったことに喜んでいると、マリアナの目が明らかに血走っている。

そのことにセレニティは再び肩を揺らしたのだった。


その後、スティーブンは「訓練の途中だったんだ。失礼するよ」と言って汗を拭うと立ち上がった。

どうやらセレニティを心配して様子を見に来てくれたようだ。


スティーブンの気持ちが嬉しくてセレニティは「ありがとうございます。ご心配をお掛けしました」と頭を下げた。

スティーブンは微笑みを浮かべた後に「元気なのはいいが、気をつけるように」とセレニティに釘を刺すように言った。


スティーブンを送り出そうとすると、彼は片手でセレニティの行動を制して「安静に」と低い声で呟いた。

セレニティはスティーブンの圧にブンブンと首を縦に動かしたのだった。



「スティーブンさまぁ?お話は終わりましたかぁ?」



扉をノックする音と共に聞こえる猫撫で声……。

嫌な予感に顔を顰めていると、返事をする前に開く扉。

スティーブンのために急遽おしゃれをしたジェシーによってむせ返りそうな花の香りがセレニティの部屋に入り込んだ。


「おぇ」と口にしてしまったセレニティとは違い、スティーブンが涼しい顔をしている。

その理由が気になりスティーブンにこっそりと聞いてみたことがあった。

どうやらどんな時も顔色を変えるなと言っていたネルバー公爵夫人の教えを守っているのだと言っていた。

あとは常に令嬢達に囲まれているため慣れたそうだ。


父と母が屋敷に充満する匂いの異常事態に気づいて謝罪する中、スティーブンはセレニティの頭を撫でて去っていった。

そしてジェシーの羨ましそうな視線がセレニティに突き刺さっていた。


その一件以来、マリアナの監視の目が厳しくなったのは言うまでもない。


怪我もすっかりよくなり、セレニティの顔の包帯も取れた。

やはり縫合処置が必要だった左頬には跡が残ってしまうだろうと見て思った。

怪我は以前とはまた違った状態になりそうだが、セレニティは幸せを噛み締めながら毎日を過ごしていた。


それからセレニティは今までの遅れを取り戻すようにマナー講師達や授業やダンス、貴族令嬢として必要な知識を凄まじいスピードで会得していった。

それは周囲を圧倒するほどの熱量であった。

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