第30話



「はい、ありがとうございます。スティーブン様」


「それから外に行くのはいいが、あまり無理をしないでくれ」


「は、はい……!」



スティーブンの紫色の瞳はセレニティを真っ直ぐに見つめている。

セレニティがゆっくりと頷くのを確認してから立ち上がる。

そしてセレニティもスティーブンを見送ろうとベッドに足を下ろして立ち上がろうとすると「このままでいい。ゆっくり休んでいてくれ」と言われて頷いた。


スティーブンは後ろに控えていた執事に「シャリナ子爵を呼んでくれ」と声をかけたあと、再び膝をついてセレニティに視線を合わせてから手を取った。



「セレニティ嬢、こんな状況にも関わらず俺を気遣ってくれてありがとう。もし無理をさせていたらすまない」


「いえ……こちらこそお話を聞いて下さり、ありがとうございました」 


「セレニティ嬢、何かあれば遠慮なく言ってくれ。すぐに手配しよう」



スティーブンの言葉に頷くと、彼の口角が少しだけ上がったような気がした。



「それから外に行っても無理はしないでくれ」


「そ、それは約束できませんわ!」


「ならセレニティの侍女に、次に俺とドルフ医師が来る前にどうだったかを聞こう。あまり無理をするようだったらドルフ医師に止めてもらうしかあるまい」


「スティーブン様っ、それは納得できません!ずるいですわ!」


「ははっ」



スティーブンが小さく声を漏らして笑っているのを見てセレニティは目を見開いた。

はにかむように笑う姿が、ずっと推していたレオンの面影と重なった。

セレニティが食い入るようにスティーブンを見ていると、彼は赤らんだ頬を隠すように咳払いをしてすぐに元の表情に戻ってしまった。



「失礼する」



そう言ってマリアナが扉を開くと、そこには着飾ったジェシーが立っていた。

セレニティは突然現れたジェシーに「ひっ……!?」と声を上げた。

まるで苦手なホラー映画を見た時の感覚に口元を押さえた。


それにずっと扉に張りついて会話の内容を聞かれていたのかと思うとゾワリと鳥肌がたった。



「スティーブン様、お久しぶりです……!」


「……ジェシー嬢」


「お名前を覚えていてくださったのですね!とても嬉しいですわ」



そう言ってセレニティに見せつけるようにしてスティーブンの腕に当然のごとく手を回す。

どうやらジェシーはセレニティよりも自分の方が仲がいいのだとアピールしているようだ。

スティーブンがさりげなくジェシーの手から逃れるところが見えた瞬間、扉が閉まった。


そして時間差で部屋の中に入り込んできたむせ返るような花の香りにセレニティは「う゛っ!?」と言って鼻を摘んだ。

しかし耐えきれずに咳き込んでしまう。



「ゴホッ、何この匂い……っ!」


「ジェシーお嬢様は、今日は一段と気合いが入っていますね」


「こんなの……気分がっ」


「この間、奥様に注意されていたのですがスティーブン様の前では昂りが抑えきれなかったのでしょうね」



マリアナは平然としつつ息を止めながら窓を開けて部屋を換気して回っている。

セレニティも窓に身を乗り出しながら新鮮な空気を吸い込んで気分を紛らわせていた。


そんな時、ジェシーに絡まれながらも父と母と共に歩いてくるスティーブンの姿が目に入る。

どうやら今日はこのまま帰るようだ。


セレニティは先程までのスティーブンの姿を思い出していた。

セレニティの態度が違うからかもしれないが、小説の中のイメージと全く違う。

表情をあまり表に出さずに寡黙で固い印象があったが、セレニティの話を最後まで楽しそうに聞いてくれたり、冗談を言ってみたり笑ったり、頬を赤らめたりと想像と違った一面は好印象である。

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