第一部 一章
第10話
「……あら、もう読み終わってしまいましたわ」
「今回のお話はいかがでしたでしょうか?桃華(モモカ)お嬢様」
「えぇ、なんだか今までにない切ない気分になったわ。すれ違いによる悲劇かしら。これがわたくしの大好きで愛してやまないレオン様の過去とご両親のお話だと思うと……複雑な気分ですわ」
「桃華お嬢様はレオン様の大ファンですからね」
「えぇ!彼を悪役令息だなんていう方もいるけれど、わたくしにとってレオン様は唯一無二の存在ですもの!」
「よく存じております」
「それにマダリンがレオン様に執着している理由もわかって、その伏線に震えましたわ!まさかセレニティ様の姉、ジェシー様の娘だったなんて……となると二人は従兄妹なのですね」
キラキラと瞳を輝かせる桃華を見て困ったように笑うのは年老いた女性だった。
目元に皺が笑顔と共に刻まれている。
桃華の横のサイドテーブルには数冊の本が積み重ねられている。
桃華が大好きで何度も何度も読み込んでいる恋愛小説だった。
その中でも老若男女を惹きつける美しい容姿と影のある令息、レオンを桃華は推していた。
レオンは物語でいう当て馬役である。
ヒロインとヒーローの邪魔をして物語を盛り上げていく存在だ。
口数が少なくて不器用な彼の想いが伝わることはなかったが、彼はヒロインによって救われて成長する。
桃華はすっかりレオンのファンとなり今まで推してきたのである。
今日はレオンの過去編、亡き母のセレニティとレオンが憎しみを抱いている父親のスティーブンの番外編が発売されたとのことで、桃華は夜通し小説を読み込んでいたのだ。
「レオン様のお父様、スティーブン様もレオン様に似て、とても不器用なのですわね。そして救われない結末……二人がすれ違い、セレニティ様を失ってからスティーブン様が誰も信用できずに冷酷になった理由を考えると胸が痛いですわ。そう考えるとスティーブン様の見えない愛が深くてわたくし…………痺れましたわ」
「そうでしょうか?」
「セレニティ様にちゃんと言葉で伝えていたらと思うと悔しい限りですけれども……!そうなればレオン様は真っ直ぐに育ったかしら。でもこうした過去があるから今のレオン様がいるのよね。悩ましいわ」
「桃華お嬢様、ばあやは心配ですよ。旦那様も奥様もお嬢様が悪い男に引っかかることなく結婚して欲しいとそれはそれは心から心配して……」
「まぁ、ばあやったら…………でも、お父様達には本当に申し訳なく思っているわ。だってわたくしはもう長くはないもの」
「そんなことありません!お嬢様は必ず助かりますっ!今も必死にドナーを探しておりますから」
「ありがとう、ばあや。でもね、わたくしにはわかるの……もう終わりが近い。だからね、最期くらい静かに消えていきたい。死ぬことは怖いわ。後悔もたくさんあるけれど、もう誰にも迷惑をかけることもないと思うと少し安心するの」
「桃華お嬢様……」
桃華は生まれつき心臓の重い病に罹っていた。
しかし資産家の娘だった桃華に両親はあらゆる手を尽くしてくれた。
だからこそここまで生きることができたのだろう。
生まれてから学校にも通えず、一日中ベッドの上にいる桃華にとって外の世界は憧れだった。
「暗い話は終わりにしましょう!早く続編がでないかしら。もしわたくしがセレニティ様になれたら、レオン様をたくさん愛して差し上げましたのに。それからゴホッ、ゴホッ……!?」
桃華は張り裂けそうに痛む胸を押さえた。
「桃華お嬢様!すぐにお薬を……」
「ゴホッ、ゴホ……ッ」
「しっかり……お嬢様っ!」
名前を呼ぶ声が遠く聞こえた。
徐々に意識が遠くなっていく。
そのまま視界が真っ暗に染まった。
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