32話『生きているから』


 日々はせわしなく過ぎていった。

 数年ぶりに、クリス・アラカンを倒したハンターが現れた、と話題になりダンジョンへ潜ろうとしたらすぐに囲まれてしまうようになったので、ここ数日は俺もミルも修道院で奇跡の修行に集中していた。


 元々稼ぐ予定だった資金はここまでのダンジョン探索とクリス・アラカンの討伐素材で達成しており数日潜らずとも問題はなかった。

 眼水晶だけ薬の素材としてソフィアに渡したが、それ以外の素材はほとんど全てスクータヴのギルドに預け、換金した。

 驚いたのは、クリス・アラカンの各素材が予想以上の高値で売れたことだ。

 元々生息域が狭く、スクータヴ迷宮においては1種類だけ飛びぬけて危険度の高い魔物であったかの水晶蜘蛛……需要に対しての供給量が極端に少なく、ソフィア以外にもその素材を求める人々はかなりいたようで、その素材はほとんどの部位が元々聞いていた金額の倍以上で買い取ってもらえた。


 嬉しい誤算だ。



 イザベラの容体も安定していた。ソフィアや子供たちの献身的な介護で、緩やかだが着実に回復しているようだ。

 体力が落ちて歩くのもままならない以上、普通ならかなり不便な生活になるはずだが、イザベラはどうやら奇跡の力でそれを克服しているらしい。

 車いすのままで、上り階段をスルスルと登っていく姿を見たときは冗談かと思った。


 奇跡の修得も順調とまでは言えないが進んでいて、この調子で進めば、後1週間もしないうちに修得できるでしょうとイザベラは言っていた。

 習っている奇跡は2つ。少なく思えるがこれは時間と、俺たちがヴァンパイアであることを考慮した結果だった。

 必要のない技や技能に時間をかけるわけにもいかないので、これからの俺たちの旅に役立つであろう力をそれぞれ2つづつそれぞれに修得した。


 今後、旅の中でお互い覚えた奇跡を教え合う予定だ。



 


 そんな日々が終わりを迎えたのは、俺たちがこの街に、アマルディア修道院に来てから1か月半が過ぎた頃だった。


 元々想定していた1週間という滞在期間はとうに過ぎて、かなり長期間の滞在になってしまった。

 流石に悪いと思ったのかミルが修道院での食費の負担を申し出て、俺もそれに追随した。イザベラは必要ないと言っていたが、ミルが譲らなかったので途中で折れていた。


 そんなやり取りもありながら、それだけの時間が過ぎれば、この地でやるべきこともなくなった。

 イザベラや修道院の子供たちに出立することを告げて、あくる日の朝。

 俺たちは、ここに来た最初の日にノッカーを叩いた扉の前で立っていた。

 

「世話になった」

「いえ、こちらこそ……本当に、お世話になりました」


 イザベラが車いすに座ったまま、深々とお辞儀をする。

 横を見ればミルが子供たちに囲まれて、目線を合わせるためにしゃがみ込んでいる。


「ミル姉、いっちゃうの……?」

「うん、ごめんね、やることがあるんだ」

「やだよぉ……行っちゃやだぁ!」

「リィ……そう言ってくれるのは嬉しいよ、ありがとう。……でもごめんね、ずっと一緒にはいられないんだ」

「……そうだよリィ、また、会えるよね?」

「シャロ……うん、きっと会えるよ」


 ミルはその1人1人と目を合わせて、別れを告げて抱きしめる。

 未だ幼い少年少女は、そんなミルとの別れが辛いのか泣きじゃくる子たちも多い。

 

 俺は子供たちとはそれほど話していなかったので、軽く別れの挨拶をしただけだったが、この1か月半でミルは子供たちとそれだけの交流を重ねてきたのだろう。

 抱きしめる彼女自身も、少し泣きそうな顔になっている。

 

「……」


 そんな子供たちの中、少し離れたところで1人の少女がこちらを見つめている。


 ソフィアだ。いつもの黒のスカラプリオとは違う、普通の女の子らしい装いに身を包んだ小柄な少女が、いつもと違う暗い顔で何か言いたげに俺の顔を見ていた。

 そのことに気づいて、俺はイザベラに断りを入れるとソフィアの下へと歩いていく。

 俺がこちらに歩き出したことに気づいたソフィアが一瞬だけビクっと体を震わせる。泣きそうな顔で、何も言えずに立ちすくむ少女は、両手を胸元で握りしめて視線はそらさずにただじっと俺の目を見つめていた。


 その姿が、あの日の夜、リビングで敬語の勉強をしていた時のソフィアの姿と重なる。


 あの時は、不安からくる怯えを見せていた少女だったが、今は少しだけ違っていた。少女自身も……そして俺も。


「……」

「!」

 

 俺は手を伸ばしてソフィアの頭を撫でる。ビックリしたソフィアが目を点にした。けれどすぐに落ち着いたのか、気持ちよさそうに目を閉じると俺に委ねて頭を差し出してきた。

 

 しばらくその柔らかな髪の毛を撫でてから、ゆっくり手を離した。名残惜しそうな顔をしたソフィアと、俺の視線が重なる。

 その目じりに小さな涙の粒が溜まって、一筋流れ落ちた。


 

「泣くな……また会える」


 その言葉にまたソフィアは泣きそうになって、けれど今度はその涙の雫が流れ落ちる前に、手で拭って下手くそな笑顔を作って告げる。


「うん!……また会いましょう!」


 

 

 

「いつかまた!」


 

 

 そうだ。


 俺もソフィアも、先は長いのだ。この先いつか、俺たちの人生が交差するタイミングもあるだろう。


 なら、伝えたいことはその時に伝えればいい。



 

 生きているなら。きっとどこかで、また会える。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 

「あんな約束をすると思わなかったよ。黙って別れると思ってた」


 スクータヴの町を後にして、次の目的地へと2人歩いている最中にミルがそう話しかけてきた。


「まあ、な」


 その疑問には俺も思うところがあったので、そう同意の返事を返す。


「なんでまた?」


 続けられたその問いに、俺は少し言葉に詰まって、思考にふける。



「……さあな、俺にも、よくわからん」



「……ただ、もう少しだけ」


「自分がこの世界で生きるってことに、目を向けてみてもいいかと――そう思った」


「……そっか」


 俺の曖昧な返答に、ミルは満足したのか、そう小さく言葉を返した。


 少し間が開いて、ゆっくりと続けて返事をする。


 

「ボクはいいと思う。家族のために強くなるのも立派だし、ボクの為に復興を手伝ってくれるのも嬉しく思うけど」

 


「なによりも、キミがキミらしく生きていけることが、ボクはなにより大事だと思うよ」


「そうか……いや、そうかもな」

 

 フードから覗く瞳が揺れる。可愛らしく笑って、そんな事を言うミルに、俺もなんだかおかしくなって小さく笑った。


「あ……笑った」

「……何かおかしいか?」


 俺が笑ったことに、何故か驚いたように目を見開くミル。

 けれど、すぐにさっきよりも嬉しそうな表情で


「んーん、何でもなーい!」


 そう言って、走りだした。俺の横をすり抜けてそのまま道の先へと進んでいく。

 

 ミルの姿が小さくなって。そこから視線を上げてふと見回せば、広い荒野と遠くにそびえたつ岩山、あまり整備のされていない畦道あぜみちが続いている。

 その道を、剣や槍やその他の様々な武器を背負った人たちが歩いている。

 馬車が通り、牽引する馬は見たこともないような大きさと色で、御者もなく一定のリズムで進んでいた。


 空を飛ぶのは、鳥ではない謎の動物。


 

 ……知らない世界の知らない光景。

 


 そんな中に自分はいた。


「……」


 


 生きている。


 この異世界で、「人でなしヴァンパイア」になったとしても、確かに生きているのだ。

 


 

 なら、もう少しだけ、自分の生に目を向けてみようか。


 ルバンダート迷宮で再会した時の家族あいつら

 照も、空も、理央も、皆生きていくための力を手にしていた。

 

 ここ1ヶ月近くの定期連絡で話を聞いていても、王国の軍に上手く馴染めているようだった。


 リーダーだった照はともかく、空も、理央も。



 ――もう、守られるばかりの存在じゃない。


 

 「そうか」


 足を止めて空を見上げる。


 振り返って、スクータヴの街を見た。


 西部開拓時代のアメリカのような、ウエスタンな街並みのその場所を、俺は改めて目に焼き付ける。


 

 全てでなくとも、覚えていこう。


 歩んだ道程を。生きた証を。





 ――もう二度と、後悔をしないために。

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