第24話 コルリメジロヒバリ
「お嬢様、随分と遅かったですわね。」
「私たち待ちくたびれましたわ。」
「ほら、待っている間にそこのパン屋のメロンパンをこんなに食べてしまいましたわ。」
校門の前に停車中の高級車。その前で黒いメイド服に身を包んだ三人はぴったり揃った仕草でこちらを見た。彼女たちの横にはおびただしい量の空になった紙袋の山が。まさかあれ全部中身がパンだったとか…いや、そんなわけあるはずない。奏さんは特に何を言うわけでもなく、三人に向かってヒラヒラと手を振った。
「やあ、遅くなってごめんね。今日はお客さんがいるんだ。」
「あらあら。」
「まあまあ。」
「琴子さんお久しぶりですわ。」
ペコリと頭をさげれば、三人は私の顔を見た。すると、何かに気付いたのか、その中の一人、確かコルリさんだったかな。彼女はパンっと手を叩いた。
「メジロ、水にぬらしたタオルを用意して。氷枕でも構いませんわ。ヒバリは車の後ろに詰んである毛布をとってきてくださいまし。お嬢様は本日は前の座席にお座りください。私は後部座席を整えますわ。」
「了解ですわ。」
「任せてくださいまし。」
テキパキと動く三人。さっきまでパンを食べながら小言を言っていたのが嘘のようだ。
「運転手さん、病人がいますから出来るだけなだらかな道を選んで運転してくださいまし。揺れすぎないように細心の注意を。」
「はいよ。」
あっという間にパンを食べたあとの紙袋を片付け、車の後ろは寝台車のように整えられ、私はあれよあれよという間に、車の後部座席に寝かされた。訳も分からず起き上がろうとすると、コルリさんはにっこり笑って私の肩を押す。
「寝ていてくださいまし。お熱がおありでしょう?」
一瞬顔をみただけ見抜かれている。この使用人の方々、本当に何者?
「大袈裟ですよ。大丈夫ですから。」
「琴子さん。寝ていてください。」
笑顔のまま圧をかけてくるコルリさん。なんだか奏さんとよく似ているような。ふと奏さんに視線を移すと、奏さんは面白そうに笑っている。
「琴ちゃん、コルリの言うことは聞いておいた方がいいよ。怒らせたら怖いから。」
「お嬢様、『怖い』は余計ですわよ。」
「はいはい。」
私は言われるままに横になった。後部座席は、いつの間には本物のベッドさながらに形を変えており、座席特有の硬さもない、まるで干したての布団のようにフワフワしている。まずい、このままだと本気で寝てしまいそうだ。
奏さんは私が横になったのを確認すると、前方の座席に座った。そして、後部座席のドアの横にはいつのまにか簡易座席が用意されており、にコルリさんだけがそこに乗り込んだ。メジロさんとヒバリさんは準備が整い次第車から離れる。あれ、二人は乗らないのかな。
「ではコルリ、頼みましたわよ。」
「ええ、任してください。運転手さん、車を出してくださいまし。」
軽くクラクションの音を立てて車が動き出す。遠くなっていくメジロさんとヒバリさんの姿。え、二人を置いて行って大丈夫かな。
「あの。コルリさん。」
「どうされましたか。」
「二人、置いて行って大丈夫なんですか。」
「問題ありませんわ。彼女たち、足は速いですから。」
「えっ、まさか走って来るんですか!?」
「ええ。」
すごい、車並の速さで走れるなんてこの使用人たちすごすぎる。もうなんというか使用人にしておくのがもったいない。陸上の選手になったらいいのに。
「ぷっ、ふふっはははっ。コルリ、その辺にしてあげて。琴ちゃん完全に信じちゃってるから。」
え、私もしかして騙されていたの?慌てて起き上がると、ふらりと体が少しふらついた。まだ本調子ではないようだ。というかそれどころではない。私はそのままコルリさんを見る。コルリさんはすぐに立ち上がり、私の肩を支えた。
「申し訳ありません。ちょっと冗談が過ぎましたね。寝ていてください。」
「嘘だったんですか。」
「ええ、メジロとヒバリは電車等を利用して帰ってくると思いますわ。ちょっとしたおつかいも頼んでいますので。」
「もうっ。」
私は毛布を頭の上まで被った。すぐに騙されるなんて恥ずかしすぎる。
「琴ちゃんごめんって。怒らないで。」
「………。」
緩やかに揺れる車体が眠気を誘う。頭まで毛布をかぶっている上に、熱が少し上がってきたのか、だんだんぼーっとしてくる頭。いつの間にか私の意識は夢の中へ入り込んでしまった。
「おーい、琴ちゃん。あれ?寝ちゃった?」
「そのようですわね。お疲れのようですわ。寝かしてあげてくださいまし。」
「そうだね。コルリ、家に付いたら琴ちゃんのことよろしく。」
「任せてください。」
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