第23話 外泊許可
「やあ、紋ちゃんー。」
奏さんがくるりと振り向く。体勢が変わったことで奏さんの後ろにいた人物の姿が見えた。そこにいたのは寮長こと、紋さんだった。
紋さんは眼鏡をクイっと上げて、怪訝な顔をしていた。
「はしたないわよ、奏。」
「ごめんごめん。」
「時と場所を考えなさい。それに休んでいた分の課題は終わったの?」
「うーん、まあ、何とか。」
「その顔は終わっていない顔ね。さっさと片付けなさい。こんなことしてる場合じゃないでしょう。大体あなたはいつも最終的には私を頼りにくるんだから。今度こそ手伝わないわよ。休むたびに手伝ってあげている私の身にもなりなさい。」
紋さんは腕を組んで次々と小言を加えていった。日ごろの鬱憤がたまっているのか次々と発せられる言葉は止まらない。奏さんは両手を軽く上げて、はいはいごめんごめん、と笑顔で聞き流している。紋さん……一生懸命話してるけど奏さんは多分半分以上話を聞いていないような気がする。
私がでしゃばるのも何だったので、そのまま二人の会話に耳を傾ける。紋さんの口ぶりからすると、奏さんはどうやらここ数日学校を休んでいたらしい。休むことは度々あるようで、どうやら奏さんはその都度大量の課題を捌ききれず、最終的にいつも紋さんを頼っているようだ。
「はいはい、分かりました。紋ちゃんまた頼りにしてますので。」
「全然わかってないじゃないの。今度という今度は手伝わないわ。」
「そっかー残念だな。じゃあ、琴ちゃんに手伝ってもらうことにするよ。というわけで今日は琴ちゃんを我が家に連れて帰りまーす。紋ちゃん寮長許可ください。」
「はあ?」
奏さんはくるりと振り向き私を見てにっこり笑いかけた。反射的に私はとりあえず苦笑いを返す。奏さんは、ぎこちないねーなんて軽く言いながら、もう一度紋さんに向き直る。
「頼むよ紋ちゃん。」
「貴女ね、下級生に課題を手伝わせるんじゃありません。それに外泊はちゃんと事前に正当な理由を書いた申請書の提出も必要よ。当日気分で急にって訳にはいかないの。認めるわけには行かないわ。」
「じゃあ紋ちゃんが課題手伝ってくれる?」
「だから何でそうなるのよ。」
「という話は置いておいて、正当な理由があるんだよね、これがまた。」
「どういうこと?」
紋さんは眉間に思いっきり皺をよせた。
奏さんは紋さんに近づき、耳元で何かを囁いた。紋さんの怪訝な顔はどんどん驚きの顔に変わっていく。
「それは本当なの?」
こくん、と頷く奏さん。
紋さんはそのままスッと私に視線を移した。見定めるような目。私はハッと息をのんだ。この人も視線だけで圧がすごい。息が詰まってしまいそうだ。
「紋ちゃん、そんな怖い顔で見つめると琴ちゃんが怯えちゃうよ。あ、もう怯えてるね。」
「うるさいわね。」
「次いでに言うと、琴ちゃんはさっきまで医務室にいたんだよ。熱もある。私の家で様子を診た方がいいと思うんだ。」
「……熱があるなら余計に外泊は許可出来ないわ。」
「でも寮に医者は常駐してないでしょ?幸いうちには医者も常駐してるからね。その点でも安心だとは思わない?」
「………。」
医者が常駐してるって奏さんの家って本当にお金持ちの貴族なんだな。お嬢様って呼ばれて使用人もいるくらいだもん、医者くらい常駐してて当然なのかな。上流階級ってすごい。
奏さんの言葉に紋さんは腕を組んで、さっきよりもより一層難しい顔をしている。
「紋ちゃん、許可くれる?」
「………。さっきの話。本当なの?」
「私が今まで紋ちゃんに嘘をついたことあった?」
「山ほどあるわね。」
「でもこういう時は嘘、つかないでしょう?」
紋さんは、腕を組んだまま私と奏さんの顔を交互にみる。それから大きく息を吐いた。
「分かったわ。今回だけは特別に許可するわ。ちょっと待ってなさい。」
紋さんは、鞄から一冊の冊子を取り出すと、サラサラと何かを記載して、一枚剥がして私に渡した。書類の文字や、紋さんの記名が青色になっている…どうやら、あの冊子は複写用紙になっていたようだ。そういえば、仕立て屋で働いていたときも、艶乃さんがよく取引のときに使っていたっけ。そんなに日にちは立っていないはずなのに、なんだかひどく昔のことのように感じてしまう。
「原紙は私が寮に提出しておきます。」
「じゃあ…。」
「今回だけよ。あくまでも例外なんだから、いつもこんな勝手な行動が出来るとは思わないことね。」
「紋ちゃん、ありがとう。」
「ついでに日野さん、奏が課題をさぼらないようにしっかり見張っていて頂戴。」
「わ…分かりました。」
「じゃあ、よろしく。」
紋さんは書類を鞄の中に入れると、スタスタと歩いて行ってしまった。長い黒髪が揺れる。真っ直ぐな人だなあ。
「じゃ、紋ちゃんに許可ももらったし、行きますか。」
「えっ、どこに。」
「久々の美羽家だよ。さあ、行こう。多分校門の前で使用人たちが待っていてくれてるはずだから。」
使用人…ってことはあの三人だろうか。
「そうそう、コルリとメジロとヒバリね。」
私がぎょっとした顔で奏さんを見ると、奏さんはクスクス笑った。
「琴ちゃんの表情分かりやすいからなー。大丈夫、あの時みたいに半ば強引に車に連れ込んだりしないから。安心して。」
奏さんは紳士的なふるまいで私の手を取ると、出口まで私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
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