第20話 エスカレート

「よし、日誌は書き終わったし、あとはこれを片付ければ…。」


 放課後の教室。私は、家の都合とやらで当番の子と交代した日直の仕事を終えようとしていた。ちなみに、日直は今日で三日連続だ。


 あれから数日が経過したが、嫌がらせは日に日にエスカレートしている気がする。課題を代わりにやれどころではなく、何だかんだ理由をつけて掃除当番を任せられたり、寮の当番事ももはや当番ではなく私専属になってないだろうか、と思えるくらいにやることが増えている。幸いにもそのせいで掃除の技術と裁縫技術は上がったような気がする。でもこう、当番事が多くになるにつれて、寝る時間は遅く朝は早いという生活が続いていて、さすがに疲れが溜まってきているのか何だか体がだるい。


「ふわあ。」


 思わず大きなあくびが出てしまった。ここの学校は私立のお嬢様学校だからか、こんな嫌がらせをされていても教師は見て見ぬふりをするし、止めようと入る生徒もいない。それぞれの家柄の関係のような力関係があるのだろうけれど、難しいことはよくわからないとにかく今私が言えるのは状況的に四面楚歌ということだけだ。


 校舎が大きいからか、タイミングが悪いからか、ここ数日奏さんには会えていないし、寮長の紋さんに相談しようかも考えたけど、なるべく迷惑はかけたくない。寮長ってだけで多分やることも多いだろうし、負担になりたくない。っていうのは建前で、なんだか相談したら負けなような意地が邪魔をしている。


 いろいろと嫌がらせはされているが、そういえば体を傷つけるような嫌がらせは受けていない。例えば下駄箱の靴に画びょうが入れられていたり、服にカッターの刃や待ち針が仕込まれていたりとか。一応ここの生徒はみんなお嬢様たちだから、そんな幼稚な嫌がらせはしないってことなのだろうか。用事を頼まれたりする嫌がらせの方が多い。


それにしても特に厄介なのは花房さんだ。学校や寮ですれ違いざまに嫌味を言うだけではなく、変な噂を広げている張本人だ。嫌でも耳に入って来るひそひそ声は、大概「花房さんから聞きましたの。」って言ってるから、おそらく彼女が広めているのだろう。

内容としては、私が無理やり奏さんとエスの関係を結ばせたとか、嫁入り前だというのに男性と遊びまわっているとか、上級生の悪口を言いふらしているとか、寮の当番はサボるし態度も不真面目だとか、でも寮長に取り入っているからお咎めがないとか、しまいには学校の備品の盗難をしているとか、それはそれは様々な根も葉もない噂だらけだ。まあ、人の噂も七十五日っていうし。



 あともう一つ気になるのは結衣ちゃんだ。相変わらず結衣ちゃんは、私とは他愛のない会話はするものの、度々寮から姿を消す。そのことを何度本人に聞いても適当にはぐらかされてしまう。もしかして私を嫌がらせしていることに加担してたり…。いや、結衣ちゃんに限ってそんなことは……ないとは言えない、かな。


「駄目だ。駄目だ。」


 頭をブンブンと振る。嫌な方向に考えがちな頭を何とかしないと。でもどうしても考えは良くない方向に向かう。切り替えよう。前向きにならないと。とりあえず今すべきことは…。


「日誌を出しに行こう。」


 書き終えたばかりの日誌を片手に、職員室を目指して、放課後の校舎内をふらふらと歩く。あ、そういえば前に奏さんに連れて来られた部屋ってこの辺りだっけ。あの時は確か…。


「琴ちゃん。」


 そうそう、こういう声で呼ばれて。


「久しぶりだね、元気だった?最近会えなくて寂しかったよ。お嬢さん。」


 こんな調子で手をヒラヒラさせながら近づいて…


「どうしたの、変な顔して。あれ?顔色少し悪くない?」


 そう、こうやって手慣れた仕草で私の手を取って。


「琴ちゃん?」


 はっと気づくと、目の前にいたのは本物の奏さんがいた。


「奏さん?」

「大丈夫?」

「えっと、奏さんですか?」

「そうだけど…顔色悪いよ。ちゃんとご飯食べてる?寝てる?」

「ああ、最近忙しかったので。」

「三年生ってそんなに忙しかったっけ?」

「えーと、まあ、それなりに。」


 奏さんは私の顔をマジマジと見つめる。


「何かあった?」

「どうしてですか。」

「顔に書いてある。」

「まさか。冗談はやめてくださいよ。」


 奏さんは私に顔を近づけて、そのまま額をコツンと合わせた。あ、奏さんのおでこ、ひんやりしてるな。さすが校内で雪の王子様って呼ばれているだけのことはある。


「琴ちゃん、熱あるよね?」

「熱?」


 ああそういえば今日は初夏といえどやけに暑いと思ってたんだよね。何となく体もフワフワしている気がする。


「医務室行こう。」

「大丈夫ですよ。」

「大丈夫じゃないよ。」


 その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。奏さんは私の体を慌てて抱き留める。


「琴ちゃん!」

「どうしましたか!?」

「君は。」

「すぐに医務室の先生を呼んできます!」


 遠のいていく意識の中、微かに声だけが聞こえる。あれ…奏さん誰かと会話してる?誰だろう…よくわかんない。そこで私は意識を手放した。奏さんに抱き留められた優しい感触だけが残っていた。


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