たぶんオーライ

 自分で言うのもあれだけれど、幼いころから要領のいい子供だったと思う。

 両親が十代での出来ちゃった婚で生まれてきた子供だからという世間の色眼鏡にさらされていた環境が関係しているのは確か。

 過程がどうあれ、私はこの世に生を与えてくれた両親が大好きだし、若い身空で育児放棄もせず愛情を注いで健やかに育ててくれたことに感謝してもしきれないくらいだ。

 そんな両親に要らぬ心配をかけたくないという気持ちが、私を外面そとづらの良い "いい子ちゃん" にした要因であるのは否めない。

 幼いころはそれでよかった。いい子でいれば両親は安心するし、周りの見る目も穏やかなものになる。

 ただ子供のころからそんな演技をしていたら、溜まるストレスも相当なものなるのをわかってもらえると思う。

 一度出来上がった良い子のイメージはそう簡単に壊せるモノではなく、内面と外面のジレンマは私を軋ませ続けていった。

 成長するに合わせて膨らみ上がる内外うちそとのズレ。その結果は心がつぶれるよりも早く身体に出て、立派な肥満児童の出来上がり。

 やせ細っているよりはよほど良いと両親は言ってくれていたが、思春期にさしかかった年頃の女児としては耐えがたいものがあった。

 とは言っても痩せようと過度なダイエットをすれば両親が心配するしで、結局多少肉付きの良い体型で落ち着いた。

 健康的と言うには豊満過ぎで。男子はデ〇と囃し立て女子は下に見ることで優越感を満たしで、一見友好的であってもそこに本当の意味での友情は存在せず、クラスメイト程度の関係だけ。

 もっともそういう連中と友情を育もうなんて思っていなかったので、その場限りな付き合いというのは案外居心地よかったけど。

 中学生になって初めて友人と呼べる存在が出来た。

 鏑木かぶらぎ 律子りつこ――りっちゃんだ。

 彼女りっちゃんも低身長・貧相・近眼というコンプレックス持ちなのだけど、それをからかう相手には容赦なく噛みつく気概の持ち主。

 自分とは正反対。そういうところが良かったのだろう、真逆な性質は惹かれ合うのか意気投合し気がつけば友に。

 違うから合う、違うからぶつかることもあったが私たちの関係は良好と言って差し支えなく、傍からは無二の親友に見えていただろう。

 けど違う。私はりっちゃんに自分の全部をさらけ出すような真似はしなかった。

 コンプレックス持ちゆえの理屈屋であるりっちゃんだが、隠しごとの苦手な不器用さんであり根は純真な少女。

 性根がねじれてて真っ黒な私を理解することを求めるのは酷でしかない。

 でもりっちゃんの傍は私にとても居心地がよくって、その場を失うのが嫌で彼女を騙しながら友達であり続けていた。

 騙していたのは友達というだけでは収まらない感情を彼女に抱いていたこともだけど。 

 ――思えば、私はあの頃からすでに壊れていたのだろう。

 得難い友人にも本心を隠し、それでいて突き放すでもなく自ら離れもせず、一方的な歪んた感情を向けたままぬるま湯の関係に浸って満足していたのだから。

 高校に進学してから少しだけりっちゃんとの関係が変わった。

 りっちゃんは今まで以上に大人ぶるようになり、まるで姉にでもなったかのように私に接してくるように。

 対等だと思っていたのは私だけだったのか? ……ドロドロとした想いを隠し欺いて付き合っていた自分が言える立場ではないけれど。

 私の世話を焼くのがさも当たり前のように振舞いだしたりっちゃんに、軽い失望と諦念を抱えたまま季節は巡り二年生の夏。

 抱え込んだストレスはすでにピークに達していて、暴発しそうなそれに突き動かされるように私は夜の世界を出歩くようになっていた。

 両親の目を盗んだり適当な理由をつけたり、あるいはりっちゃんの存在を利用したりして私は夜の街を彷徨うことを繰り返した。めちゃくちゃにされたい壊されたい、そんなことを願いながら。

 豊満さで言えば男好きする身体だって自負があった。夜の街を歩いていれば手をだしてくれる誰かが居るだろうなんて浅はかにも思っていた。

 何度目かの夜、遂にその時が訪れ絵に描いたような悪童たちに絡まれる。

 これ幸いとほくそ笑みながら、逃げるふりをして自分から人気のないところへ。当然のように追いかけてくる男たち。

 追いつかれ囲まれて破滅願望が叶うはずだったのに、直前で私は抗った、嫌だと叫んで逃げ出そうとした。

 性欲は人一倍ある、処女性バージニティにこだわりもない。なのにその瞬間怖くなったのだ。

 ただ怖くて男たちから離れようとしたが、無論それを許してくれるはずもなく、私はあっさりと捕まり組み伏せられる。

 自分の愚かさが招いた結果を受け入れるしかないと諦めかけたそのとき、現れるなんて思っていなかった救いの手が。

 上に圧し掛かっていた男たちが剥ぎ取られ、次々にのされていく。

 状況を把握できず呆気にとられていたら、手をつかまれその場から連れらされる。

 人通りの多い場所の近くで立ち止まった後、礼を言おうとしたら突然頬をはたかれた。

 軽い痛みと熱さに頬を抑え、目の前に立つ叩いた相手を見つめる。

 知り合いではないけれど見覚えのある顔、素行が悪いと噂のある同学年の男子。確か名前は木庭きば 兵衛ひょうえ――。

 開口一番、こっぴどく叱られた。

 曰く "バカか?" "女ひとりであんなとこを出歩くもんじゃない" "なに考えてんだ?" エトセトラエトセトラ……。

 それこそ同じ学年であることくらいしか接点のない私を助け、尚且つ心配し軽はずみな行動を叱ってくれている。

 ひとしきりの叱咤が収まってから、 なぜ助けてくれたのか? と問えば返ってきたのは恩に報いるためだという。

 ずっと道を外れたことをしてきた、そんな自分を受け入れ助け心配して叱ってくれる人たちが今はいる。その恩に報いるには自分も誰かに同じことをするべきじゃないかと思ったのだと。

 "今夜は偶然通りかかったからよかったけど、次もそうとは限らない。だからもうするな。しようなんて思うな考えるな。"

  そうきつく言い含めたあと、うちの近くまで送ってくれることに。

 道中、対応は粗雑だけれど嫌悪は湧かず、むしろ不思議な心地良さを感じてる自分がいた。

 別れ際、もう一度 "いいか、もうするなよ!" と言い捨てて振り返りもしないで去って行く彼。

 こっそりと家に戻り、シャワーを浴びようと洗面所に立ち、鏡に映った自分の顔に目をやる。

 叩かれて赤くなってた頬を見て、胸の奥で何かが小さく、でも力強く動くのを感じた。

 私が兵衛くんへの恋に落ちたのは、間違いなくあの瞬間。

 彼にまた会いたい、会って話したい。抱えているものを全部打ち明けて叱られたいと強く思った。

 それからはもう一直線。夜の街を見回ってる彼を探し出し猛アタック。

 初めはからかってると思われて、すごく嫌がられたなぁ。結局受け入れてもらうのに夏休みいっぱいかかったっけ。

 面倒くさい奴だと兵衛くんは私のことを言う。真っ黒な私の内側を全部晒してもその程度で済ませるだけ、別れるとは言ったりしない。

 当たり前のように私を受け入れてくれる、その度量の大きさに何度も惚れ直してる。

 こんな重たい女に引っかかったこと、後悔しても遅いし、させる気もない。

 私の全身全霊で兵衛くんを幸せにするよ。嫌だって言っても聞いたげないからね。

 この先もふたりなら、きっと、たぶん、大丈夫All right

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