第6話

 エイミーとコウキが先を競うように喋る。俺達の中でこの二人が一二を争うくらいのお喋りだ。それに俺とワタルがチャチャを入れる形で会話が進んでいくのが常だ。タクマちゃんとイーサンは基本的に聞き専に徹して、そしてナミちゃんは一切喋らない。本当に一切だ。何か喋る必要が有ればスマホにメッセージが届く。それは隣に居ても当然のように行われた。

 コウキとエイミーのトークバトルが白熱している。どちらも一歩も引かない。まぁ、競っている訳では一切無いのだけど。と、エイミーが話題をコウキのバイトの話に変えた。その途端にコウキの口が重くなった。理由を知ってる俺とワタルはなんとなく目配せして、忍び笑いを浮かべた。どこかのタイミングでみんなにバラすのも面白そうだな、なんて悪い事を考えたその時だった。

「おー、みんな揃ってるなー」

 やけに良い声が頭上から降ってきた。その声に会話がピタリと止まった。みんなが顔を向けた先には海外のイケメン俳優ばりに顔の整った外国人男性が立っていた。

「そりゃそうっスよ。先生三十分も遅刻なんだから」

 コウキが待ちくたびれたと言わんばかりに眉尻を下げて重い息を吐く。さっきまでの変わり身の早さに誰からともなくクスリと笑い声が聞こえた。

「悪かったよ、二年生達に絡まれてな。これでもやっと抜け出してきたんだ」

 そう言いつつ先生が最後に残った一席、コウキの隣でタクマちゃんの正面に腰を下ろした。一番下座の席だが、ここにいる誰もその事を気にしている様子は無い。かく言う俺もその事を口に出す気は全く無い。

 先生は椅子に深く腰掛けると、大きな欠伸を一つした。

 このジョナサン・ブラウンと言う人は中々に奇抜な人だ。入学して最初のオリエンテーリングで、必要な授業の取り方やら単位の数え方やらの眠くなる説明が学年主任から語られる。その只管眠くなる声を子守歌にしかけていたのは俺だけじゃ無かった筈だ。半分眠りながら聞いていたら、いつの間にか話はゼミ選択の為の先生の自己紹介に移っていた。ちょっと興味をそそられるようなゼミ内容もいくつかあって少しは目が覚めたが、基本は単調でつまらないものばかりだ。良くもこんな話を真面目に聞いてられるな、と隣のワタルを見る。真っ直ぐ真剣に前を見るその手元には、今までの内容をしっかりメモしたノートがあった。いざ寝ちゃって聞いてなくてもワタルに聞けば良さそうだな、なんて考えて目を閉じようとした一瞬前に登壇したのが先生だった。周りの生徒達が騒ついている。俺も見慣れないブロンドの髪に眠気をおして目を開けた。もしかして映画の撮影でも始まったのかと思った。どうやら他にも同じ考えの奴がいるらしく、何人かが気忙しく辺りをキョロキョロと伺っている。だが、当然のようにカメラは何処にも無かった。

「……もう話してもいいか?」

 先生がマイクを通して語りかける。その瞬間、講義室がしんと静まり返った。ふぅ、と吐く息の音がマイクに少し入る。良い声だ。よく洋画の吹き替えで聞くあの人の声に似てるな、とぼんやり考えた。左前に座っていた女の子がびくりと頭を動かしたけれど、一言も発さなかった。もしかしたら俺と同じ事を考えたのかもしれない。

「まず最初に言っておく」

 睨むように辺りを見回す。緑色の目に射竦められて、みんな指の一本も動かせないでいる。

「俺は英語教師じゃない。専門は宗教学だ。俺は妻帯者だ。子供は三人いる。妻と子供以外の人間に外見を褒められるのが大嫌いだ。俺は人に教えるのも嫌いだ。本当は研究だけしていたい。ここまで聞いてそれでも良いと思った奴だけ来てくれ。歓迎はしないが茶くらいは出す。以上だ」

 それだけ言うと先生は脇目も振らず教卓を後にした。教室が俄かに騒めき出す。みんな今見たものを誰かと話したくて仕方ないのだ。そう言う俺も真っ先にワタルに向かって話しかけていた。

「変な先生だったな」

 俺が小さな声で言うとワタルも顔を近付けて来た。キラキラした目を俺に向けて楽しそうに言った。

「ユータも入るでしょ? ブラウンゼミ」

 そうして俺達は今ここにいる訳だが、実際ゼミに入ってみると、あの時の演説はデタラメだらけだった事が分かった。実際のジョン先生は英語はペラペラだし、外見褒めても喜ぶし、ゼミに入った時に歓迎してくれたけど今日まで一度も茶を振舞われた事は無い。だからなんであんな事を言っていたのか聞いてみた事がある。それは数年前、初めてジョン先生がゼミを受け持った時、英語教師と勘違いした一部の生徒とその整った外見に惹かれた女生徒が殺到し大変な騒ぎになった上、いざゼミが始まってみると授業内容に興味が無いせいで脱落者が相次いだ、と言う事らしい。

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