第5話 命×請いは×受け付けない

「シロウ!」


 人造勇者の放ったどす黒い炎に、声を上げて飛び込む少女の人影が一つ。

 ナッツだった。


(おま、ばっ!)


 ナッツの肌を、黒い炎が焼いていく。

 焼く、という表現が正しいのかどうかも、もはやわからない。

 炎に触れた部分がえぐれるように削れ、むき出しとなった筋繊維は、出血する前にやけどを負っている。


ケナズ、解除!)


 無茶無謀にもほどがあるぞ!

 ったく。


「シロウ、シロウ!」


 闇色の炎が消えた、燎原に帰した場所で、ナッツが膝をつき、地面を探している。

 人造勇者像が先ほどまで立っていた場所には、無数のルーン核が転がっていた。


 フロスヴィンダが俺の斜め後ろ、一歩下がった部分にやってきて、俺に語り掛けてくる。


「さすがです、クロウさん。あれ以上炎で焼かれていれば、ルーン核と言えど壊れ――フサルク星人としての死を迎えていたでしょう」


 え⁉


「人造勇者を倒し、しかもルーン核を傷つけない、刹那の誤差すら許されない魔法制御でした。クロウさんにしか成しえなかったであろう、御業です」


 ま、まあな!

 俺くらいにもなると、その辺の塩梅が、感覚でわかるっつーか⁉


(あ、あぶねえ。ナッツが飛び込まなかったらケナズの炎でしばらくあぶり続けてたぞ)


 え、なに。

 その場合、もしかしなくてもシロウが火葬されちゃってたわけ?


 ひぇぇ、あぶねぇ。


(ナイスだ、ナッツ!)


 身を挺してまで世界を救ってくれた、彼女に感謝を。


(そして)


 俺は、ナッツのさらに奥、人造勇者像の炎に包まれ、いままさに、肉体が朽ち果てようとしているフサルク星人の方へと視線を向けた。

 ビルカル。彼は怨嗟のこもった声で、呪詛のように「ありえない」と繰り返している。


「グ、ァ、この像は、勇者、だぞ。否、勇者の力すら超える、超越勇者なのだぞ。百を超えるフサルク星人のルーン核を埋め込んだ、この最高傑作が、たった一人のルーン使いごときに敗れたというのか……!」


 その通りだよ、残念ながら、ね。


「化け、物……」


 それが、ビルカルの最期の言葉になった。

 朽ちた外骨格から、ベルカナのルーンが刻まれた核がころりと飛び出してきて、少し転がって、地面で静止した。


「シロウ、シロウ!」


 それと同時に、ナッツがシロウが閉じ込められているルーン核を見つけたようだった。


「お願い」


 手のひらサイズのルーン核を、両手でぎゅっと捕まえて、ナッツが俺を見る。膝立ちの彼女が、直立する俺を見る構図の都合、自然、見上げるポーズになる。


「わたしは、どうなってもいいから」


 涙ぐみ、しゃくり交じりに、ナッツが俺にすがる。


「シロウを、助けて……っ」


 彼女自身、無傷ではない。無傷なはずがない。

 黒い炎に焼かれたのは一瞬とは言え、威力が威力だ。

 かすった時点で満身創痍は必至だ。

 事実、客観的に見て、やけどを負った彼女は見ているだけで痛々しい。

 体の芯が、不安定だ。

 いまにも倒れそうな斜塔が、気合と根性で耐えている。

 そんな印象さえ抱く。


「ま、待て!」


 待ったをかけたのは、クルセイダー。

 聖騎士の、ラーミアだった。


 彼女は、俺がここについたときには深手を負っていた。人造勇者が放った一撃からナッツをかばい、重傷を負っていた。

 生命力にあふれた彼女だから、死なずに済んだ。だけど、それは大事なかったことを意味するわけではない。

 生か、死かで問えば、死に近い。

 そんな状況下で、ラーミアは、しかしランスを杖代わりに立ち上がり、生命力に満ちた目で、俺に語り掛ける。


「私を、好きにすればいい。だから、シロウと、ナッツを助けて、くれ」


 この通りだと、頭を下げるラーミア。

 かーっ、クロウくん大人気。


(まあ、シロウにはまだ死んでほしくないしね)


 究極的に言えば、俺が生まれてから今日に至るまで望んでいたことは、シロウの前に絶望的な壁として立ちはだかることだ。

 シロウが死んでしまっては、元も子もない。


(ここはね、「勘違いするな。そいつを葬るのは俺だ」的な感じでサクッと助けちゃいましょう!)


 おお!

 なんか途端に、ダークヒーローっぽくなってきたぞ!

 燃えてきたぜ!


「勘違――」

「あんたらさ、寝惚けてるの?」


 俺の言葉を遮るように、鋭い言葉が放たれる。

 こ、この声は、ササリス!

 またお前か!


「あんたら師匠に、これまでどんな接し方してきたと思ってるんだい」

「そ、れは」

「散々外道だの卑劣だの罵詈雑言浴びせといて、いざ自分が窮地に陥ったら『助けて』だ? 寝言は寝て言いな」


 うわぁ、ド正論過ぎて何も言えねえ。


 そして完全にタイミングを逃したな。

 ここで俺が「そいつを葬るのは俺だ」ルートでシロウを助けるのは無理がある。

 心が清らかにもほどがある。

 お人よしにもほどがある。

 王道ファンタジーの主人公じゃないんだから、俺にそんな立ち回りは似合わない。


 くっ、まだだ!

 俺にはまだ、策が残っている!


 ヒアモリ!

 お前からも言ってやってくれ!

 シロウは、お前のかわいい教え子だもんな!


 そんな期待を込めて、ヒアモリを見る。


「どっちでも、いい」


 無関心気味の答えが返ってきた。

 ヒアモリィィィィィ!


「決まりだね。せいぜい、おのが無力さを嘆きな。いままでの行いを悔い改めて、ね」


 あああぁぁぁぁ! おま、ササリス!

 話を勝手にまとめようとするなぁぁぁぁ!


「お待ちください」


 ビリビリ、と。

 肌がしびれた。

 幕を下ろしかけた物語が、再び時の歯車を推し進めようとしている。


 その、立役者の名は――


「私からも、お願い申し上げます。クロウさん、どうか、彼を助けてあげてくださいませ」


 フロスヴィンダぁぁぁぁぁ!


 俺は、信じてたぞぉぉぉ!


 ようやった!

 お前は最高だ!


 うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!



  ◇ お知らせ ◇


 明日、2/16(金)はこのお話の書籍版、『かませ犬転生 ~たとえば劇場版限定の悪役キャラに憧れた踏み台転生者が赤ちゃんの頃から過剰に努力して、原作一巻から主人公の前に絶望的な壁として立ちはだかるような~』の発売日です!


 Web版と途中式ががらっと変わった書籍版を、どうぞよろしくお願いいたします!


 買ってください!

 知り合いとかにお勧めもしてください!


 よろしくお願いしまぁす!!

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