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「object"shamballa"で逢いましょう」
それが最後の伝言だった。
鞍掛メリーには歳の近い姉がいたらしい。彼女はその姉と一足先に旅立ってしまった。
「ネクロ・ネット」を使って。
結局のところ、彼女も大切な人と永遠の時間を得るためにこんな研究を始めたのだろう。世界中の人間を巻き込んで。
どれだけ話し合っても数年くらいの月日じゃ先輩のことなんて何も分からなかったということか。
今、この町は僕以外の人間がいるのかというくらい静かだ。
それは、鞍掛メリーから引き継いだ実験の影響によるもので、僕が彼女のいないセカイで最初に行ったテスト試験で町の出力に欠かせないレンダリングパイプラインの半分と座標系の一部を狂わせてしまったせいだった。
家の周囲十数メートルのバックアップを取っていなかったら僕の体は地面に埋没して生き埋めになっていただろう。
二度目の実験で、僕の技術では正確に観測することは不可能だったけれど、object"limbo"全体を外部モニターを使って2Dとして出力した場合、その姿は歪なものとなっていたかもしれない。それは内側で生きている人間には理解し難い現象だ。
世界を遠景から絵画のように平面的に見たとして、上手く描画できていた怪しかった。
鞍掛メリーなら別objectから外界を観測する術を持っているだろうからobject"limbo"での僕の"やらかし"を見て笑っているかもしれない。
僕の開発した「ネクロ・ネット」は、成功できればいいとかそういう段階ではなく必ず成功させなければいけないものとなっていた。そのために鞍掛メリーの手を借りたのは癪だったけれど使えるものは全て使うしかなかった。
「メリー先輩ならもっと上手くやれたんだろうか」
桜の花びらが舞う庭先で、僕はもう会うこともない二つ年上の少女の姿を思い描く。
僕は鞍掛メリーが胸ポケットに差し込んだ紙片型端末から独自の「ネクロ・ネット」プログラムを作り上げた。今日はその38回目の試験テストの日なのだけど、紙片には一枚だけヒト科と動植物とを繋ぐ未完のソースコードが書き記してあって、僕はそれを頼りに実験を重ねてきた。
今、僕の手には白いふわふわのカバーに包まれた小さな骨壷がすっぽりと収まっている。
歩く度に中身がからからと鳴る。いつ見てもあまりに小さすぎると思う。
モモの遺骨を机の上に並べ終えると
骨を崩さずにおいてよかったと思った。特に重要となる脊髄の部分はあまり崩れずに残っていた。
モモのためだけに作った特殊なネクロチューブを配線していく。絶縁テープをプラグの大きさに合わせて切って、骨の形を崩さないように器用に貼り付ける。対になる反対側の端子はすでに自分の頭部に貼り付けられていてどの段階でもダイブできるようにセットされている。
空中に透明なボードが云百と展開されたので、僕はその中から"shamballa"のobject nameを見つけ出そうと必死になった。藪をかき分けていくような作業だった。パキリと言う音がして僕はボード郡から目を離しモモの方に向き直った。彼の小さな頭蓋骨の欠片にひびが入ったのだ。寄せては返すネクロミング言語の波が小さな抜け殻に衝撃を与えている。早くメニューボードを見つけなければ互換作用に耐えきれず崩壊してしまうだろう。
額に汗が吹き出てくる、僕はそれを手の甲で拭いもせずに調べ続ける。
視界が開け、手のひら大のボードがノートを開くようにぱらりと展開した。
Welcome to Object"Shamballa"❢❢
(オブジェクト"シャンバラ"へようこそ!!)
やっとだ。
僕は震える手でEnter keyに手を伸ばす。
カタっと言う無機質な音が響いて手帳ほどの大きさだった透明な板は折り畳んだ模造紙を開くように大きく展開した。
Open.
景色が明るく点滅する。
明滅、点滅、決別。
"Dream big! because you can do it❢❢”
("夢は大きく!だってあなたなら叶えられるんだから!!")
飾り気のない字体のアルファベットが空中に浮かぶと数秒の後に砂のように崩れて消える。その砂粒の奥に「I've had a reaction...name is ragweed allergy.(T_T)」と小さく浮かび上がったので理想郷にもブタクサは生えているんだなと思って笑った。その笑い声がいつもの僕の声とは違っていたので少し驚く。
アイヴォリーの景色が段々と鮮明になってきてガラス窓で覆われたビル群が僕の周囲を取り囲んでいるのがわかった。桜に似た街路樹が咲いている。けれど、それは決して桜ではないんだろうなと思った。このセカイには桜という花はないんだろうなと思った。
なんだか異国に来てしまったような、夢の中のような心地だった。
僕の身体はこのセカイでは小さな男の子の形をしていた。右手に小さな木の箱を持っていてそれを手放してはならないような気がして両手できつく握った。
しばらく呆然と立ち尽くしていると箱の中がふわっと温かくなって、僕ははじめての感覚のはずなのにそれに覚えがありすぎて涙が溢れた。
「モモ」
箱を開けるときゅう、というモモの独特な鳴き声が聞こえた。彼の身体はその体温こそ変わらなかったけれど、なんだか妙にぐるぐるしていた。このobjectではもう彼は犬の身体ではないのだと思い出して少し寂しい気持ちになったが、そんなことはもうどうでもいい。
「モモ」
かつて犬だった、小さな渦巻き型の生き物は僕の肩に乗ると頭上に舞い散る桜に似た花びらに向かってきゅるきゅると喉を鳴らした。僕は何度もモモの名前を呼ぶと楽しいねと言って彼の頭を撫でて、笑った。
ねくろ・ねっと 梦 @murasaki_umagoyashi
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