第22話

「…んー…ん?」


今日は土曜日、今は朝の9時27分。


遮光しゃこうカーテンの隙間から太陽の光が漏れ入り、今が朝で、太陽も順調に南中なんちゅうに向かって登っている時間であることを伝えていた。


気づけば蒼衣は寝落ちしていた。

ここはどこだ?今何時?と、全く働いてない頭で、習慣のように今日が何曜日で何時なのかと、もう一度眠りに落ちそうな頭で考える。


蒼衣は休みの朝の、この微睡まどろみの時間が一番眠いが幸せを感じる時間でもあった。


昨日の夜を、蒼衣が寝落ちしたあとを遡ろう。


気分良く酔いが回り、そして連日のハードワークに終止符しゅうしふが打たれ完全にスイッチオフになった蒼衣は、

在原との関係もしっかりと解決され、結ばれたことも相まって完全に油断した、強張こわばっていたものが全て解き放たれた状態だった。


そんな色々な思いと状況が開放されて、そのままコテッと床に寝落ちししたのだった。


床にへばりついて、ややうつ伏せ気味に突っ伏し、呼吸しやすいように少し顔だけ横向きだ。


しかし全く動かない。規則正しい寝息が広くない部屋に聞こえる。


在原が肩を揺すっても起きない。


流石に9月とはいえ、このまま転がしておけば風邪をひく。


おまけに油断してチラリと脇腹が見える。


バキバキに割れてはいないが、たるみはなく、ほっそりと余分なものがない脇腹、自分よりも白い肌がいやになまめかしく目に毒だ。


これは生殺しというものではないか。


ぜん食わぬは男の恥というが、この据え膳は耐えなくてはならない、喉から手が出るほどに手を出したい思いを必死にこらえていた。


しかし在原の部屋にはもちろん一人暮らしだから1組しか布団はない、来客用なんて買い揃えようと思ったことすらない。


親も顔を出したところで、同じ地元だから日帰りだ。


どうするか。こんなの、同じ布団の中で耐えられるのか。


少しの間、色々と逡巡しゅんじゅんしたのち、煩悩ぼんのう滅却めっきゃくできたのかは分からないが、蒼衣を見つめているうちに、自分にもかなりの眠気が襲ってきた。


蒼衣とともに残業する日々だった為、在原も勿論ハードワークだったのだ。


アルコールも手伝って心身ともに弛緩しかんしたのだ。


蒼衣を横抱きに、いわゆるお姫様抱っこをしてベッドに入れ、在原もその横に寝た。


こんな日がくるなんて、実は、夢の中にいるのが自分なのではないかとよぎるものの、感じた重さは事実で、隣に感じる体温も、現実のそれである。


思えば自分の言葉足らずや勘違いで遠回りをしたし、蒼衣を苦しめてしまった。


それでも今、蒼衣は自分の目の前にいる。


完全に油断してスヤスヤと寝息を立てて。襲いたい気持ちをどうにか制御している自分をどうか褒めてくださいと言いたくなるほどの待てを喰らっていることは、つゆも知らない。


ただ、自分のせいで大変な思いもさせてしまった。これからはそれを埋め合わせるだけじゃない、これでもかというくらいに、俺が、幸せにする。


そんな心と連動して在原の腕が蒼衣の腰に回った。


うっすら開いた唇に、そっと自分のを重ねたところで、在原も夢の世界に旅立った。


そして、一連を知らないまま朝を迎えた蒼衣は、見覚えのないダークカラーのリネンに、自分の家ではないことは把握したが、ここがどこか、記憶を呼び起こすまでに時間がかかった。


えーっと…、ん?


NowLoading。

昨日のお酒も手伝って、蒼衣は完全に状況把握と記憶のローディングに時間がかかっている。


思考がまともに働かない。


一呼吸ついて、目を開きながら動こうとしたところで、身動きを取れないことに気づいた。


「ん…?」


在原の腕だ。しっかりホールドされていた。

ウエストから腰にかけてほんのり感じる重みに、あぁそうかと、記憶のダウンロードが完了し、青衣は実感した。


少し蒼衣の頭を抱え込むように、包み込むようにして在原に抱き込まれていたようだ。少し顔を上げて在原の顔をみた。


寝顔は年齢よりいくばくか幼く感じるが、きれいな寝顔だ。


スッと鼻筋は通っており、普段やる気のないときは半分くらいしか開かない目も、きれいに閉じていると、普段の顔が嘘のように見える。


元々イケメンなのはわかるけど、こう見るとよりイケメンだなぁ。


いつも、前髪は少し鬱陶しそうにすることもあって、首を振って避ける癖がある在原だが、今は勿論そんなことはしないから、目にややかかっている。


寝息がうっすら開いた口から聞こえると、なんとなく色気も感じる。


それは贔屓目と言うやつなのだろうか。見てて飽きないかも、というか触りたいけど起きるよなぁ。


眺蒼衣は覚醒した頭で考えながら目の前の在原を見上げていた。


「いつおはようのキスしてくれるのかなって待ってたんだけど、まだ?」


ジーッと見ていたら、在原がいつもより少し低めのまだ寝起きの名残があるやや掠れた声で言った。


「ひぇっ?!」


まさか起きてたとは思わない蒼衣は驚くが、軽い海老反りで済んだのは在原のホールドのおかげだ。


「ひえっ?!って失礼な。」


「いや、起きてたなんて、聞いてない!」


それはそうだ、在原は蒼衣からのキスを待つためにタヌキ寝入りしていたのだ、言えるはずはない。


「言ってないし、この状況で言える?」


「っ、そうですけども…。」


微妙な間に蒼衣は赤面し始める。

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隠れた熱量 戸上 佐和眞 @hegami-sawama

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