第32話 翌日《ロナ》

 翌日から、テルラによるロナへの指導が始まった。学校が終わると一度家に帰ってから私服に着替え、公園で待ち合わせて、その場でダンスの練習。他の投稿者の動画を参考にちょっとずつ動きを覚え、それを再現していく。五分弱絶え間なく続く動きを直ぐに覚えるというのは結構きつい。それでも徐々に動きが身体に馴染んでいった。テルラからは表情が堅いと何度も指摘される。

 辛かったのはやはり羞恥心の問題。他の公園の利用者や通りかかりの人から見られているのを感じた。動画として投稿されればそれ以上の人目に触れるのは覚悟出来ているのだが、生で練習風景を見られるのにはまた別の恥ずかしさがあった。幸いにしてテルラがずっと一緒にいてくれたので、それでも幾らか軽減されていたとは思うけれど。


 テルラに尋ねたら、彼女はこれまで一人でこの場所を使い、ダンスの練習を行っていたらしい。凄い行動力だなと思う。

 それと単純に体力的に辛い。

 テルラの指導は厳しいものではなく、終始落ち着いたものだった。動きに間違いがあれば淡々と指摘される。ロナにとってはやりやすかった。

 唯一彼女に難色を示されたのはロナの服装。初日、手持ちの中でなるべく可愛い物で来てくれと言われて着ていったのが白いトレーナーに青いジーンズの組み合わせ。お金もないしファッションにも興味が薄かったのでそんな物しかなかった。テルラとしてはもうちょっと華やかなものを期待していたのだろう。


 配信で活動資金が貯まったら一緒に衣装を買いに行こうね。そう約束させられた。自分が着飾ることには照れがあるものの、配信のためだから仕方ない。

 ロナの動きがいよいよ鈍ってくると、それからベンチに座って少し休んでから歌の練習。演奏はテルラがアコースティックギターを持参して行った。彼女の歌唱と演奏をロナは気に入った。

 こちらはダンスに比べて指摘が多かったように思う。ロナが考えるに、彼女は音楽の方が得意で、その分ロナの駄目なところが目につく、否、耳につくのだろう。


 途中、幾度も改善のための指導を受けながらロナ単独で歌う方の曲を歌いきると、今度はテルラと二人での練習。彼女と同時に歌うことになるとその差に心が折れそうになった。自分は彼女に失望されていないだろうか。

 平日、日が沈むまでの時間練習を繰り返し、土曜日を迎える。

 最初に公園で踊ってみたの収録を行った。カメラはテルラがダンジョン探索でも使っているというドローン型の物を用いた。最低限、動きを間違わずにやりきることは出来たと思う。


 テルラに感想を問うてみたら、可愛く撮れていたから問題ないとのことだった。

 その次はテルラの家で歌の収録。こちらの方がずっと長引いた。一曲目を何度も撮り直し、やっと終わった頃にはお昼。休憩がてら彼女の手料理をご馳走になって、それからテルラと共同での収録。

 最後に、カメラに向かってロナの自己紹介動画。

 全て終わって開放された頃にはヘトヘトだった。


 その日の夜、一人きりの夕飯を終えてパソコンでシャウターを眺めていたら、テルラのアカウントによる動画投稿通知が流れてきた。ロナもシャウターのアカウントを持っており、テルラとは相互フォローになっている。それまで匿名且つ閲覧出来る相手を制限した状態で使用していたが、アカウント名は実名に変え、制限も解除して誰からでも見られるようにした。その際、過去のシャウトは削除し、幾つかのフォローは解除して別な方法で管理することにした。

 まず最初にロナの自己紹介動画が出され、それから少しして残りの動画。


 テルラの告知シャウトのリシャウトといいねが増えていく。シャウトは四つ。歌ってみた二つのサムネイルはAI生成のイメージイラストで、自己紹介と踊ってみたのは動画中のロナの映像に文字を付けたもの。

 見られている。そう思うと、覚悟していたはずなのにロナは手が震えた。どう思われただろうか。下手糞? 期待外れ? テルラはそう厳しいことを言ってくる人はいないと言っていたが、果たして。酷評のコメントが書き込まれるかも。そうでなくても、低評価ばかり付けられる惨事になるかもしれない。

 でも案外褒めてもらえるかも。そんな都合の良い甘い空想もちょっとだけ存在した。


 変化していく告知シャウトの数字を食い入るように見つめていたところ、スマホが鳴る。見るとテルラから、動画投稿が完了した旨の連絡が来ていた。続いて明日のライブ配信の予定の確認。ロナはそれらに返信する。

 明日はこれらの動画を視聴した人達の前で直接喋るのか。考えると居ても立っても居られなくなって、ロナは告知された動画の一つをクリックした。自己紹介動画だ。もう何人が見終えただろうか。


「はじめまして」


 動画の中の自分が喋っている。ショートカットに野暮ったい衣装を着た冴えない女。

 再生数は二桁。高評価が複数付いていた。

 画面を下にスクロールする。

 あった!

 求めていたそれを見つけて、しかしロナの視線は反射的に画面の外へと逸らされた。それから目を瞑り、深く息を吸って、勇気を出して画面に視線を戻す。


『可愛い。応援します!』


 一つだけの、短いコメント。

 ロナはそれを見て盛大に息を吐き出した。安堵のため息だ。良かった。感触は悪くない。しかも可愛いと言ってもらえた。ちょっとだけ、自信が付いたのを感じる。そうか私はテルラの視聴者からも可愛いと思ってもらえる容姿なのか。

 でも次は手厳しいコメントが来たらどうしよう。ちょっとだけ不安の残り香を感じつつ他三つの動画の反応もチェックしたが、まだ投稿間もないためかコメントはない。


 結局、その夜は動画の反応をちょくちょく確かめながら落ち着かない気分で過ごすこととなった。

 翌日、午前中に学校の課題を済ませ、昼食を済ませるとテルラの家に向かう。

 彼女に出迎えられ二階へと連れて行かれる途中、リビングの方に人の気配を感じた。今日は親が在宅らしい。挨拶をした方が良いのかと考えたが、それより先にテルラから気にしないでと言われた。

 彼女の私室に通されるとそこには椅子が二つに増えていた。今日の配信のために用意してくれたのだろう。


「座って」


 彼女は真っ直ぐパソコンに向かってその操作を始めた。隣の椅子に腰掛ける。


「昨日の動画、反応良かったよ。もう視聴回数も三桁、順調な滑り出しだね。評価もコメントも好意的」

「……低評価って、あったりした?」

「あったよ。こういうのは必ず付くものだから。大事なのは高評価の数。そっちが多ければいいの。コメント見る?」

「見る」


 改めてそれぞれの動画に付けられたコメントを確認する。と言ってもそれぞれの動画に数件なのでそんなに時間はかからない。

 概ね温かいコメントばかりだったが、踊ってみたに一つだけ、動きにキレがないという書き込みがあった。

 まあ、仕方ない。始めて挑戦する素人の付け焼き刃だ。


「ちょっと関係ない話していい?」

「ん? いいよ?」


 テルラが椅子の背もたれにぐったり身を預け、配信とは関係ない話題を持ちかけてくる。配信活動以外の雑談もするくらいには打ち解けていた。


「昨日のフォレストのニュース見た?」

「フォレストって、配信者グループの?」

「そう。うちの学校の先輩」

「え、そうなの?」

「知らなかったの?」


 何分、高校に入ってからは友達もおらず、学内の情報に疎い。それなりに名の知れた配信者グループが、同じ学校だったとは。

 テルラがきょとんとした顔。


「知らなかった」

「……で、そのフォレストがね、よりにもよってアザミちゃんとのコラボの最中にやらかしてくれちゃってさぁ」

「そういえば昨日、シャウターで名前見たかも。何かの記事で。中は読まなかったけど」

「コラボ中、他の探索者の戦いに勝手に割って入っちゃってね。本人達は救援のつもりだったんだけど、結果的に役に立てなかったどころか逆に助けられちゃって、割って入られた側は最後にアザミちゃんを庇って死亡。探索者って基本的に、相手の承諾を得ずに他人の戦いに加勢しちゃいけないって暗黙のルールがあるんだけど、それを破ってこの結果だから、大炎上ね。悪質なマナー違反で人を死に追いやったって」

「その、アザミさんって人も燃えてるの?」

「うん。アタシとしてはアザミちゃんは悪くないと思うんだけどねぇ。断られてるのに加勢に入るって決めて行動したのはフォレストなんだし。まあでも、一緒に行動してた以上仕方ないのかな」


 単に人を叩きたいだけの人も大勢混ざってるだろうから。そういう人達に何か言ってもどうにもならない。そう言ってテルラは盛大にため息を吐いた。


「早く沈静化すると良いね」

「それもあるけど、アザミちゃんが心配。自分を庇って人に死なれたんだから」

「責任を感じてそうってこと?」

「あれからSNSの更新もないし。元気だと良いんだけど」


 それでフォレストの一件に関する話は終わって、配信の段取りに関する説明に移行した。一通り配信の始め方について教えられ、いよいよライブ配信の時が迫る。

 テルラが衣装に着替え、髪型をツインテールにし、席に戻り配信開始の操作をする。じっとりとした手汗。上手く喋れるだろうか。

 気を落ち着けようとしている間に、配信が始まってしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る