第19話 アマネからの評価

「ヨツカ君」


 金曜日の放課後の帰り道、背後からアザミの声がした。振り返ると彼女が立っている。


「この後時間ある?」

「特に予定はないけど」


 本当なら河川敷で鍛えるのが日課なのだが、予定という程のことではない。態々尋ねてくるくらいだから何か用件があるのだろう。そちらの方が重要だ。

 アザミが隣に並んできて、自然と一緒に帰る格好に。


「わたし、この後買い物に出かけようと思うんだけど……折角見かけたし、偶にはヨツカ君と一緒にお出かけとか、どうかなって。相談したいこともあって。わたしに付き合わせる格好になっちゃうんだけど」

「……うん、いいね、行こう」


 つまりデートってこと? 何で急に? 突然のことに戸惑ったが、そこで狼狽えるのもみっともない気がして動揺を隠し頷いた。


「良かった。ありがとう。ヨツカ君は何か見たいものあるかな?」

「俺は、特には……」

「それじゃあ、一旦帰って着替えたらヨツカ君の家に迎えに行くね?」

「俺の方から迎えに行こうか?」

「ううん。わたしの方が支度に時間かかるだろうし、それだと待たせちゃうと思うから」


 こちらの提案にアザミは首を振った。

 制服から数少ない私服に着替えて財布とスマホをポケットにねじ込むだけの俺に比べれば、確かに彼女の方が時間はかかるのだろう。女性の支度というものに詳しくはないけれど。


「それで具体的にどこに行くの?」

「ちょっと遠出になるんだけど――の辺りでお洋服とかコスメとか眺めたいなって。大丈夫?」

「大丈夫……だけど、今からだと結構帰り遅くならない?」

「なると思う。だから、無理そうなら断ってもらってもいいのだけど」

「無理ではないかな。アマネに断っとくだけだし」

「そっか。お夕飯はわたしがご馳走するね」

「…………有り難く頂くよ。荷物持ちくらいは頑張るから」

「ありがと」


 奢られることに一瞬抵抗を覚えたが、昨日、彼女の配信で見た数々の投げ銭の額面を思い出し口を噤んだ。確実に俺より儲けている。俺一人に一食奢るくらい彼女にはどうということはないだろうし、変に意地を張られる方が面倒だろう。


「ヨツカ君の家って、もしかしてお夕飯はアマネちゃんが担当?」

「今はね。親父が生きてた頃は母さん。親父が死んでアマネが高校に上がるまでの間は俺がやってた」

「ヨツカ君もお料理出来るんだ」

「そんなに上手ではないんだけどね。受験が終わった途端アマネに代わるよう要求されたよ」

「アマネちゃんはお料理上手?」

「割と上手いんじゃないかな」

「良かったね、料理上手な可愛い妹がいて」

「これで食事の好みまで合致していれば言うことなしだったんだけどね」

「合わないの?」

「アマネの料理はヘルシーなんだ」

「ああ、成程ね」


 もうちょっと肉と油を多めにと要望を出したこともあるのだが、お兄ちゃんの好みに合わせると太る、太ったと言われて却下されてしまった。仕方ないので野菜偏重の食生活に甘んじている。炊事担当の権力性を理解してガッチリと握りしめておくべきだったと今にして思う。何を作るか決める権限は炊事番にあるのだ。


「アザミさんのとこはどうなの?」

「うちはヨツカ君のところと正反対。だーれも料理出来ないの。キッチンをまともに使ってるのも殆ど見たことないかも」

「え、じゃあどうしてるの?」


 何となくアザミは料理も卒なくこなしてそうだなと想像していたのでちょっと意外だ。料理をしない家庭というのも想像しづらい。


「スーパーのお惣菜とかお弁当とか、コンビニで何か適当に買ったり、デリバリーとか外食とか」

「……それはそれで大変そう」

「うちお金だけはあるからね。お父さんもお母さんも働き詰めだし、最近はわたしも稼いでるから。昔から、ぽんとお金だけ置いてあって、いつもわたし一人でお夕飯」


 そういった家庭事情は今まで知らなかった。


「あ、でも最近はヒカリちゃんと一緒に食べることもあるから、昔程寂しくはないかな」


 アザミはそう付け足す。


「そうなんだ。ヒカリさんは料理は?」

「駄目ね。前に二人で料理配信に挑戦したことがあったんだけど、お互い散々。まあある意味配信としては盛り上がったからいいんだけどね」


 話しているうちに家の前に辿り着いた。


「それじゃあ後で」


 そう言って別れる。

 家に入ると階段を上がって自室に入り、制服を脱いで外出に着ていく服を見繕う。と言っても上三着下二着といった有様なので選択肢はそんなにない。

 特に考えもせず選んで身につけた。

 財布とスマホをポケットに入れて、アザミがいつ来てもいいようにリビングで寛いで待つ。

 するとチャイムが鳴るよりも先に玄関が開く音。アマネが帰ってきたようだ。


「ただいま」

「おかえり。今日はちょっと出かけてくるよ。夕飯は要らない」

「そう? 珍しいね。どこ行くの?」

「買い物」

「ふーん。…………あ、もしかしてデート?」


 はたと気が付いたようにアマネが事実を言い当てた。

 何故分かった。今まで外出の内容がデートだったことなんてないのに。

 アマネはリビングの入り口に立ったままじっとこちらを観察する。


「まあ、そんな感じ」


 あまり得意な感じを出してダサくならないようにと気を付けながら答えた。


「そう、良かったね」


 心なしかアマネの声音が若干そっけない気がする。

 カバンをソファの上に置いてキッチンに水を飲みに行く。


「相手、どんな人?」


 少し間があって、キッチンから声がした。


「アザミさん」

「…………うーん、アザミ先輩かぁ」

「どうかした?」


 アマネの声音が若干渋い。


「お兄ちゃんの相手としてどうなのかなって」

「いや、ちょっと買い物付き合ってって誘われただけだよ」

「立派にデートじゃん。何の気もない相手を誘わないでしょ」

「そうかな。ダンジョンの一件があってから話す機会も増えたし、その流れだと思うよ」

「お兄ちゃんの方はどうなの。アザミ先輩みたいな人がタイプ?」


 アマネがリビングに戻ってきて隣に腰掛ける。


「嫌いな男はそうそういないんじゃないかな。美人だし、愛想も良いし」

「やっぱりお兄ちゃんでもああいうのが好みなんだ」

「……アマネから見るとどうなのかな」


 含むところのありそうな態度に、彼女から見たアザミについて問うてみる。同性からの視点だとまた何かあるのかもしれない。


「良い人だとは思うよ? でもあざといっていうか、凄い男ウケ狙ってるじゃん。結局お兄ちゃんもそういう人が良いのかなって……」

「そんなにかな」

「そんなにじゃないとあの視聴者数は集まらないでしょ。毎日可愛いお洋服着てシャウターとフィクショングラムに投稿してるの見て何とも思わないの?」

「いや、特には……」

「滅茶苦茶承認欲求強そうじゃん」


 ていうかお兄ちゃんもしっかりそういうの見てるんだねと呟かれてしまった。


「だから悪いってわけじゃないんだけどさ。もし身内がお付き合いすることになるかもって考えたら何か考えちゃうよね」

「お付き合い出来ればね。買い物に誘われたくらいで考え過ぎだよ」

「それもそっか。私なら気のない男の子を誘ったりはしないけど、アザミ先輩はその辺、気にしない人なのかもしれないし」


 何にしても、とアマネは続ける。


「一応、安心した。デートって聞いて、お兄ちゃんが下層探索者だって知った途端悪い女が寄ってきたのかと思ったけど、アザミ先輩なら大丈夫だよね。少なくともお金目当てではないでしょ」

「そんな心配してたのか。あれから特別女子に話しかけられるようになったとかはないな。いつも通り」

「学校じゃ堂々とアプローチかけづらいってことなのかな? それともお兄ちゃん、クラスの女子から嫌われるようなことでもした?」

「してないと思うけど」

「ふうん。まあ、アザミ先輩と上手くいくといいね」

「向こうにそんなつもりがあればいいんだがなぁ」

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