第18話 八方美人配信
河川敷からアザミと二人で帰路につき、これから配信があるという彼女と別れて自宅の自室に戻った。
アザミと会ったことで先延ばしになっていた新しい精霊の召喚を試して、それからベッドでゴロゴロしながらシャウターを眺めていたらその情報が流れてくる。
アザミ達とフォレストが土曜日、下層探索に着手するらしい。情報源はムツオのシャウト。
どうやら昨日の俺の評価を受けて下層探索を決意したようだ。態々尋ねてきたくらいだしそれについては意外でもないのだが、アザミとのコラボ配信で下層に挑戦するとは思っていなかった。
下層モンスター相手に殺されそうになったばかりだというのに、よくアザミ達が了承したものである。
気になった俺は何かこの件に関する話でもしていないかと、配信中のアザミの放送を覗きに行った。
配信を開くと左側に大きくプレイ中のゲーム画面が映し出されていて、右上にはヒカリ、右下にはアザミを映した画面。今日はゲーム配信だった。
「そうなの。土曜日はフォレストの皆と一緒に下層探索に挑んじゃいまーす」
丁度その話をしていたようで、アザミがカメラに向かって明るく告げるところだった。
『無理しないで』
『大丈夫なの?』
『怖くない?』
『またミノタウルス出てきたらどうしよう』
彼女を心配するコメントが流れていく。
「大丈夫。ミノタウルスなんて本当なら下層でも下の方にしかいないモンスターなんだから」
「アザミのテイムモンスターだけでも中層下部まで攻略出来たから、フォレストの皆がいれば下層上部を様子見するくらい平気よ」
一旦ゲームの手を止めて、ヒカリと二人、コメントに答えている。
『ヨツカ君とムツオ君って知り合いだったの?』
「面識はなかったけど、昨日偶然見かけたから声をかけてみたんですって」
「フォレストの皆で剣の精霊と戦って引き分けたんだって。凄いよね」
『え』
『それは凄い』
『剣の精霊ってテュルでしょ? じゃあもうミノタウルスも行けるんじゃね?』
『これは頼もしい』
「あくまで手合わせで真剣勝負ってわけじゃなかったから過信は出来ないってムツオ君が言ってたけど、それでも剣の精霊と互角に戦えたんだから下層の入り口くらいは余裕でしょ」とヒカリ。
「深くは潜らないから安心してね」
そのくらいならば大丈夫だろう。ヒカリもいるし、フォレストの問題である回復役の欠如も補われている。下層浅部のモンスターに遅れを取ることはあるまい。
それからまた、二人はゲームに戻っていく。
『日曜のヨツカ君回も下層ですか?』
『それ気になる』
『二日連続下層とかもう完全に下層探索者』
「日曜も下層探索か。それいいかもね。フォレストと下層行ってヨツカ君と中層だったら緊張感なさ過ぎるだろうし」
「うーん……日曜日は簡単な階層でじっくり精霊の解説をしてもらう予定だったのだけど、それもそうね。後で相談してみる」
「生で精霊の活躍見るの初めてだから楽しみだわ」
サモナーもそう数の多いジョブではないため、直接精霊を目にする機会がない者の方が多い。
『日曜は完全に見てるだけになりそうな予感』
「それ。配信のアーカイブちょっと見たけど、ヨツカ君単独でも下層余裕でしょ? 私達やることあるのかな」
「ヨツカ君は普段コメントを読まないで淡々と攻略するタイプだから、わたし達が後ろでコメントを読み上げたり、素人目線で質問してみたり、そういう皆とヨツカ君の繋ぎの役割になると思う」
配信画面に表示されている五桁の視聴者数を見る。
日曜日はこの人数に対して対応しながら探索するのか。そう考えると緊張してきた。
コメントへの対応も、結構大変なのではないだろうか。
『お二人はヨツカ君とムツオ君どっちがタイプですか?』
『アザミちゃんって結局ヨツカ君とどの程度仲良いの?』
『ヨツカ君って彼女持ち?』
話題に上がったからだろう、俺に関する質問が流れていく。
あのイケメンと比べないでくれ。
というか、フォレストの他のメンバーを比較の対象に入れていないのはどうなのか。
「あ、これ気になる。ヨツカ君とムツオ君どっちがタイプですか? だって」
ヒカリがその質問を拾った。
「えー……どっちも格好良いよね」
「あ、濁した」
「だってぇ、比較したら失礼でしょう? この放送見てるかもよ?」
見てます。ムツオはどうかな。
「どっちも褒めるから益々ガチ恋さん達が不安になるのよ」
「否定するのも失礼じゃない」
「因みにどうしてもどっちかって言われたら?」
「……そもそもどうしてその二人なの?」
「前から仲良さそうって言われてたイケメン君と命を救ってくれた救世主様でしょ?」
「別にムツオ君とは言われてる程特別仲が良いわけじゃないんだけどなぁ。フォレストの他の皆と変わらないよ?」
「じゃあフォレストの誰かとヨツカ君の中から選ぶんだったら?」
「選べません」
「あ、分かった。みなさーん、この人全員に気を持たせようとしてますよ」
「なんでそうなるの」
「八方美人してるからでしょ」
「そういうヒカリちゃんはどうなの? 『お二人は』って聞かれてるのよ?」
「私はムツオ君派」
ヨツカ君ごめんねーと、ヒカリからは振られてしまった。彼女はこういうとき、アザミと異なってはっきり答えるタイプだった。こちらとしても別に振られてどうということはない。
正直、アザミの答えは気になるが。
この二人に関して言えば俺はアザミ派だ。
ヒカリは推しじゃない。
『ヨツカ君振られたw』
『助けてもらったのに……』
「やっぱ顔なんだわ」
容姿で勝ち目がないのは認める。彼女がムツオの三号さんになれるよう祈っておこう。
というより、どこなら勝ち目があるのだろう。
精々探索者としての力量くらいか。それも向こうが下層に足を踏み入れようとしている以上、傍目からは大差のないように思われるかもしれない。
稼ぎでは負けているかも。人気配信者の収入がどの程度なのかは分からないが、探索者稼業と違って十分の一の枷がない分、配信者としても稼いでいるムツオには負けている可能性がある。
ソロで気ままにやっている俺に比べて、仲間三人を率いて行動しているムツオの方が頼りがいもありそうに見えるだろう。
向こうは学業も優秀なようだし、探索者、配信者という不安定な生き方以外の将来性もある。
恋人が二人もいるだけあって、デートとか、女性を楽しませるのも手慣れてるんだろうな。
考える程勝ち目の薄さが明確になってきた。
勝ったから何だという話ではあるのだが。
「で、フォレストの皆とは配信絡みとはいえ、リアルで偶に顔を合わせるくらいには付き合いあるわけだけど、ヨツカ君とはその辺どうなの?」
「まだその話続くの?」
「だって質問来てるんだもの」
「……ヨツカ君とはただのクラスメイトで、小さい頃から面識があるの。家が近くて。幼馴染。最近はあんまり話すこともなくなっちゃってたんだけどね」
「結構付き合い長いんだ」
「そうね。長さだけなら」
「ていうか貴方、疎遠になってた幼馴染がピンチに駆けつけて助けてくれたの? 超ドラマチックじゃん。これはムツオ君当て馬ルートだね」
「当て馬とか言わないの」
「惚れたりした? もう付き合っちゃいなよ」
『止めて』
『付き合わないで』
『ヒカリちゃん変なこと言わないで』
「からかわないで」
「じゃあ質問変えましょっか。あ、その前についでに確認しておくけど、ヨツカ君に彼女いるか知ってる?」
「……いなかったはず」
「はい、皆さん聞きましたね。ヨツカ君もアザミちゃんを狙ってくる可能性があります」
『マジかよヨツカ許せねえ』
『オレ達のアザミちゃんに近寄らないで』
ヒカリの煽りに従ってそんなコメントが流れ出した。そう言われましても。ゲストに呼んだのはアザミだし。
細かい指摘になるが、ヨツカ君「も」というのは何だろう。ヒカリ目線でもムツオがアザミを狙っているのは事実ということだろうか。
「それでさ、結局視聴者の皆が聞きたいのって、アザミの男のタイプとか誰かと付き合う可能性はあるのってことでしょ? その辺どうなの?」
「どうって言われても」
「結婚願望とかあるんでしょ?」
「それは……早めにしたいとは思っているけど」
『え、そうなの……』
『結婚しないで』
『末永くお幸せに』
「何だか物凄く気の早いコメントが来ているけれど、まだまだ先の話よ」
「真面目な話、今のレベルで八方美人貫いてたらいざ結婚報告ってなったときに大炎上しそうじゃない?」
「そ、そうかな?」
『それは分かる』
『清楚過ぎると変な信者付きそうだよね』
『既に大分ユニコーン多いよ』
『多少は男の影にも慣らしとかないとね』
『ヒカリちゃんみたいになれとは言わないけど、早めに結婚するつもりなら「その時」が来るって前提を共有しとくのは軟着陸のために大事かも。ある日いきなり交際ニュースとか心臓に悪い』
「ほら、コメント欄の皆も頷いてる」
「えっと……じゃあ、いつか良い相手が見つかったら結婚したいと思うので、宜しくお願いします」
「結婚相手はどういう人がいい?」
「安心出来る人」
「ああ、精神的な安らぎを求めるタイプか。貴方、お金は自分で稼げるもんね」
『本邦初公開、アザミちゃんの男のタイプ、安心出来る人』
『それならオレもワンチャン……ないか』
『オレ公務員だから安定してるよー』
安心出来る人か。
俺には縁遠い話だろうな。
下層探索者だし。
「もういいでしょ?」
「そうね。因みに私のタイプは顔が良くて稼ぎの良い男でーす。アプローチ待ってるからね!」
ヒカリの宣言と共に、話題は別な事柄へと移り変わっていった。
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