第16話:変態とコミュ障

 公爵令嬢ソニア様を出迎えろ。

 そう言われて可能な限り急いで結果、今に至る。


「………」


「………」



 なんの会話も無かった。


 あの後、彼女は淡々と、なぜかロープで絡めとられている馬を解き放ち、黙々と荷物をまとめなおし、俺が先導している。

 彼女は今、俺の後ろで馬に荷物を乗せて徒歩で、槍だけ持って歩いている。


 なぜこんなにピリピリしてるんだろう。


 あの変態的走法を見られたせいか?

 荒くれ一家とか、他から言われてるせいか?

 その両方か?


 それとも、ソニア様呼びがそもそもよくなかったのか?

 でもソニア以外の名前を知らない。家名すらよくわかってない。


(まー、別にいっかー)


 事ここに至って、俺はノー天気だった。

 俺は人と一緒にいる時の沈黙がまったく平気なタイプなのである。



(いやぁしかし、槍使いとは意外だな)


 先ほどの情景を思い出す。

 何人もの盗賊に囲まれながら、槍を用いて逆に圧倒していたあの姿。


 特に見栄えのしない槍を持ち、地味めだが動きやすそうな青い旅装に身を包んでいたものの、輝くような金髪と美貌、細く白い手、万物を切り裂くような鋭い眼光。


 あの、得も言われぬ貴族オーラを全身から放っていたため、初見一発でソニアだとわかった。


 ソニアは公爵令嬢というから、きっと多くの護衛騎士とか将軍みたいな偉い人も随伴して、馬車に乗せられて道中は景色をチラ見するだけ、という偏見があった。


 だが実際はとんでもない。たった一人で中央大陸から東のレッドフォードまで旅をしてきているようだし、ならず者と出くわした場合は自分で対処していた。


(強い女性だなぁ)


 自ら武器を取って戦うヒロインというと、心当たりはある。

 だが、ソニアというと、聞き覚えがあるようなないような……といった具合で、〈ウィズダム戦記〉のメインに絡んでくるキャラではない。


 令嬢が槍を使うなんて、こんな武家みたいな家系が、魔法絶対優位社会の〈ウィズダム戦記〉にあっただろうか?


 しかも、中央大陸に。


(魔法戦士なのかな?)


 だとしたらいいなぁ、俺もなりたい。

 なんとかお近づきになれないだろうか。


 魔法戦士って中盤からじゃないと育てにくいよなぁ、どっちつかずになりやすくて――


「ねえ」


 ふと、背後からそんな声が聞こえた。


「はい!」



 仲良くしたいなぁ、と思っていた割に、本当に話しかけられると思ってはおらず、思わず声を張り上げてしまう。


「……聞かないの?私に」


 数秒の間。

 聞かないの、とはなんのこと?とは思わないが……。

 いくらなんでも断片的すぎるだろう、その一言は。聞きたい事だらけだよ。


(この人、コミュ障か?ますます親近感湧くなぁ)


 むしろ好感を覚える。

 わかるわかるー、その感じ。10年ぐらい前の社会人なりたての時、俺もそんなだったわー。

 もっとも、俺は今もコミュ障だけど。


(なにテンション上がってんだ。やばいな、俺。マジで変態か?)


 とにかく、何か答えなければ。



「言いたいことは無い、そんな感じでしたから」


「……そうね。何もないわ」


「嫌な事でもあったんでしょう?ま、大体見当はつきますが」

 あ、やばいな。


 俺はテンパるとこうなるんだ。

 何をしゃべってるかよくわからないまま、テキトーなことばかり言うモードに入ってしまう。


「………」


「えぇ、とにかく私から言える事は―――」

 止めろ、誰か。


「先ほどの槍はお見事でした」


 ああああああああああぁぁぁぁ何言ってんのぉぉ!?

 偉そうに上から言ってる感出てない?大丈夫!?


「それだけです!」

 話を無理やり切り上げる。


 せめて口の端を吊り上げ、満面の笑顔を見せてみる。



 笑顔を向けられたソニア嬢は下を向いた。



 嫌な汗が全身から噴き出る感覚に襲われる。


(すいません、兄さん……レッドフォード家は終わりかもしれません……)


「あの」

 途方に暮れていると、ちいさな声が聞こえた。


 早くも挽回のチャンスか!?

「はい!」

 だから声がでかいって俺。張り切りすぎだって。


「ありがと」

 そう言うとソニア嬢はそっぽを向いた。


 ……なにが?


 女の子との会話って難しいなぁ……。

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