第19話:覚悟と決意

 グスタフは兵士たちの戦意低下を見て取った。

 兵士――というには凶悪すぎる部下のひとりがグスタフに近付いてきたのは、その時だった。


「グスタフ様。こうなれば、王都に援軍を要請するしかありません」


 そう言ったのは、小隊長のひとりであるブルカスだった。

 剛腕の持ち主で、単純な力のみで考えればグスタフと互角の戦士だった。

 戦場ではオーガのように獰猛、それ以外の場所では盗賊と見間違えられること多数。



「そうだな」


 同意しつつ、明言はできない。―――グスタフには呼びにいけない理由がある。


 王都に駆け込み、援軍を要請する。


 それに比べて、砦に立てこもって今か今かと死ぬ時を待つ役目など誰がやりたがる?


 パニックが起こるのは目に見えていた。

 いかにレッドフォードの兵が精強だろうが、士気が崩壊してしまえば冷静な対応は期待できない。


「で、ここは最も王都に辿り着く可能性が高い者が行くのがいいと思うんです」


〈剛腕〉ブルカスにしては回りくどいな。


 グスタフはそう思った。

 自分に行かせろ、そういう事だろうか?

 しかし、この底意地の悪い――いたずらを目論む子供のような顔はなんだ?


 何故か嫌な予感がする。



「つまりですね、ここはレッドフォード最強の戦士、グスタフ・レッドフォード様こそが王都へ行くべきかと愚考します」

 無骨な顔に満面の笑みを浮かべ、剛腕ブルカスはそう言った。



「ブルカス――」


「おい、お前ら。異論はねえよなぁ」


 小隊長に言われた兵士達の反応は様々だった。

 意地悪っぽく笑う者、兜で表情を隠しながらにやりと笑う者、めそめそと泣きだす者、そうだそうだと囃し立てる者。


 誰も、反対する者はいなかった。恐慌状態にすらなっていない。



(わたしは、大馬鹿者だ)


 自分の兵を、信じ切れなかった。


 この者らは、恐怖している。それは間違いない。

 だが同時に、こうも思っているに違いない。すなわち、自分と同じ考え。



 ここで戦って死のう。



「――――――――」


 グスタフは瞑目し、深呼吸した。

 心中で、指揮官としての義務と、生物としての本能と、漢としての矜持が渦巻いた。


 不意に轟音が砦に響き渡る。兵士達の悲鳴が聞こえた。


(ああ、この音は)

 グスタフには聞き覚えがあった。

 つい最近聞いたからだ。



「グスタフ様!レッドミノタウロスが砦に急接近し、一斉に炎の魔法を放っています!」


「砦の外壁に火が!消火は間に合いません、すぐにお逃げ下さい!」


「我々でなんとしても食い止めます!」



 もはや、これまで、か。


 そうなれば話は早い。


 全てのモンスターを叩き伏せる。


 それしかないのだ。俺には。



「うろたえるな!」

 裂帛の気合。

 それは兵士達にとって、教練で何度も聞いた声だった。


 兵士達は全員、反射的に背を伸ばし、指揮官の次なる言葉を待つ。


「我らはこれより死兵となる。望んで狂う。あまねくモンスター共を斬り倒す!」


 みな、誰も喋らない。身じろぎひとつ出来ずにいた。


 その言葉の意味するところを思い知ったのだ。


「我らは死んでも、我が弟ジークがいる。必ずや策を立ててくれる。そしてお前たちは知らんだろうが、単独でモンスターを狩る剣士の中の剣士、エルトもいる!」


 静まり返った兵たちを見渡し、一息をつく。


「我らは徒花あだばなにあらず。我らの死は、彼らの永遠となろう!」


 歓声が上がり、各々の武器を取り、彼らは炎上する砦から出撃した。


 §§§§§§


 魔物、魔物、魔物……。


 幾つもの黒い影がある、そう思って近づいてみると、違った。

 多くのモンスターがひしめきあっている。

 それも、ミノタウロス・バジリスク・オーガの上位種ばかり。見ているだけで胸ヤケを起こしそうな顔ぶれだ。


「一体、何が起きてるんだ……」

 呆然と立ち尽くし、ただ呟く。


「モンスターが、こんな集団で行動するなんて……」

 ソニアが隣で言った。

 いつの間にか馬に乗っていたようで、上のほうから声がする。


 これは……ひょっとしてプロローグのか?

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