第13話 意図せぬ出会いは何を呼び込む?

 ギルドから出た私とベティは通りを西へと進み、以前職員の方に案内された荷物持ちの装備を取り扱う店へと向かいました。案内してもらった時と同様、通りに面している生果店や酒場、食事に武器やアイテムなどを扱う露店は今も繁盛している様子です。


 この通りで営業している露店はいずれも許可を得て開いているとのことで、危険なものを扱っていることはないと以前職員の方から教えていただきました。とはいえまだ歩きながら食事をされている方を見てショックを受けない訳ではありませんでしたが。


「……お嬢様、お食事はどこかの酒場でやりましょうね」


「そうね。流石にまだちょっとやろうとは思えないわ」


 こうして見る限りでは受け取った品物を歩きながら食べている人もおり、いずれはこういうはしたないことを自分もやってしまうのだろうかと考えてしまいます。とはいえ郷に入っては郷に従えといいますし、これは慣れるべきなのかと私は頭を悩ませていました。


「お嬢様、もう着きましたよ」


「――あっ。ごめんなさい、ベティ。じゃあご主人にうかがいましょうか」


 今自分が貴族ではないことを踏まえ、貴族として見えを張り続けることで反感を買うことのリスクといずれ貴族に戻ることから世俗に染まることのリスクを計算している内に目的地を通り過ぎようとしてしまっていた。


 ベティが声をかけなければ間違いなく過ぎてしまったでしょうね。彼女に一言わびると私達はドアをノックして『ゴードン雑貨屋』へと入ったのでした。



「ゴードンさん、今回もどうもありがとうございました」


「礼なんぞいらん。また金を稼いで道具を買いに来い」


 言葉こそぶっきらぼうなものの、私達の相談にしっかりと耳を傾けて品を選んでくださる店主のゴードンさんに一礼し、私達は店を後にした。太陽は中天を過ぎて少し傾いており、少々買い物に時間がかかったと思いながら私達は来た道を戻っていく。


「まずは宿で食事を。その後すぐにギルドに戻りましょう」


「はい。お嬢様。旦那様が首を長くしてお待ちになっていますしね」


 食事は可能な限り一緒にとる。実家を潰された後に私達の間で決めたルールであり、それを守ろうとして私達は少し足早になっていた。


(もう食事の席でしかお父様とも話せませんものね……だから、戻ったら色々と話したいです)


 報告したいこともあるし、私達と同じくお腹もすかせている。だから思わず急ぎ足になってしまうのも無理は無いと自分に言い訳をしつつ、優雅さを崩さないように歩いていく。


 今利用している宿が正反対の方向にあることを少し恨みつつ歩いていると、ふと路地裏の方からいきなり人影が現れたことに私は気づく。


「! くれてやるっ!」


「えっ!? な、何をっ!?」


 いきなり現れた瘦せぎすった男に棒状の何かを押し付けられ、面食らっている内に男はそのまま行方をくらませてしまった。特にこれといった被害も何もないと思っていると、後ろからベティの声が聞こえました。


「お嬢様、ご無事ですか!?」


「え、えぇ……よくわからないものを押し付けられたけれど」


 従者として私の後ろを歩いていたベティが心配そうに見つめてきたものの、私自身特にこれといった怪我もなかったため、右手に押し付けられたものをじっと見ていました。


 長さは約300ネム30cm、太さはおおよそ50ネム5cmと下部に壊れた結晶体のようなものが付いている以外はこれといった特徴のない棒。


 くれてやる、と言っていたあのやつれた様子の男を見て一体どういうことかと考え込んでいた時、私の頭に何者かの声が響き渡った。


 ――いいねぇ。あんな小男より魔力が多いじゃねぇか。


「っ!? 何者ですか!」


 思わず謎の棒を握りながら私は周囲を見渡した。風の魔法で声を届けることが出来るということは知っていたものの、頭に直接響く声など私は知らない。得体のしれない何かに襲われたような心地がして、思わず周囲をにらんでしまった。


 ――つれないなぁ、オイ。顔もいいんだから黙って俺のモノになれよ。


「お、お嬢様? 一体何が……」


 ベティが心配した様子で私に声をかけてくれた。その心遣いはありがたいけれど、今はそのことに感謝している場合ではありません。とにかくこの謎の声の出どころをさぐらないといけない。とにかく良くない予感が頭の中で渦巻いていました。


「わかりません。ただ、頭に直接声が――」


 ――あぁそうさ。お前が握っている、俺が直接声を届けてるんだよ。


 その声に私はハッとする。周囲の方は私をいぶかしげに見てひそひそ話をしているぐらいで、他にそれらしいことはしていない。ならばやはり、と例の棒に視線を向けた瞬間、見たことも無いピンク色の紋様――ハートの中心にある杖から鎖が四方八方に伸びる図――が棒の前に浮かぶ。


 ――はい契約。これで俺とお前、セリナ・ヴァンデルハートは一心同体だ。


「何を――っ!?」


 意味の分からないことをこの棒が言った途端、私の右手も光り、手の甲に同様のものが刻まれてしまう――私はそれにひどくショックを受けてしまった。


「どうして!? 消え、消えない! なんで!?」


 何度手の甲をぬぐってもその紋様は消えない。剝がそうとしても剝がれてはくれない。自分に消えない烙印が押されたかのような心地がして、私はその場でひざをついてしまう。


「お、お嬢様……」


 ――お、感激にむせび泣いてるか。まぁ当然だよなぁ。何せこの俺、魔杖アイル・オーテン様のツレに選ばれ――。


「……よくも、よくも意味の分からないものを私の肌に刻んだわねぇっ!!」


 そして私は激昂した。そのままこの棒を地面に叩きつけた。


 ――痛ってぇ!? 何しやがんだ! 俺と契約してどうして喜ば――痛ぇ!!


「当たり前でしょうが!! 家をお取り潰しになっても肌の手入れは可能な限りしてたのに! 私はまだ嫁入り前だったんですのよ! それをこんな意味の分からないものを勝手に刻んで! よくも、よくも!!」


「お、お嬢様……」


  もう許さない。この駄棒は絶対に破壊する。破壊して絶対にこの意味の分からない紋様を絶対に消す。さっきから少しずつ体から何か抜けるような感覚があったものの、怒りと憎しみのままにひたすら駄棒を地面に叩きつける。


 ――やめ、やめろっ! どうして俺をぞんざいに扱いやがる! お前にもメリットがあるんだぞ痛ぇ!!


「お、お嬢様! お、落ち着いてください! だ、誰か! 誰かー!」


「女の子を傷物にした罪は深いんですのよ! その罪、死んで、償いなさい!!」


 周囲が静まり返っていることにも気づけないまま私は駄棒を壊そうと必死になっていました……程なくして私は周りの人に拘束され、そのままギルドへと送られることに。


 後でベティから聞いた話ですと、いきなりあの棒を地面に叩きつけたため気が狂ったと思われたそうです。心の底から穴があったら入りたいと思いました……。



「……なるほど。事情はわかった」


 そうして現在、ギルドの応接室に通された私は駄棒をへし折ろうと両手に必死に力を加えながら事情を話しました。ゴドウィン副長は私の話を相づちを入れながら打ち続け、最後まで聞いて下さいました。


「その杖、間違いなく『マジックアイテム』だ。それもかなりの格だぞ」


 その話を聞いて私は大いに驚きました。マジックアイテム。それは現代の技術ではまず造り出せない謎のアイテムだということです。一説にはダンジョンから産まれたとも古のドワーフが造ったともいわれる代物。手にしたものは世界の守護者にも破壊神にもなれるとかつて学院で聞いたことがあります。


 ――やっと俺を理解したか。ったく、いくら俺に見初められたからってパニック起こして――いてててて!!


 ……ただ、この駄棒ごときに畏敬の念も湧きませんでしたし、これと出会ったことを幸運だと思えはしませんでしたが。うるさい上に人の意見を一切聞きませんし、右手に変な紋様が浮かんでからずっと体の力が抜ける感覚もしてましたから。


「セリナ、お前の頭の中にずっと語り掛けていると言っていたな」


「はい。さっきから耳障りです」


 ――ハァ!? 言うに事欠いて耳障りだぁ!?


 こんなやかましい棒、正直いりませんわ。火かき棒の代わりぐらいにはなりそうですが、それ以上は見込め無さそうですし。うるさいですし。


「ずっとお嬢様だけにしか聞こえないらしいんですよね。私には全然聞こえません」


「確かマジックアイテムは特定の人間にしか声が聞こえないと聞いたし、その声が聞こえる相手と契約することで効果を発揮するらしいからな……その上知恵もあるとなると大当たり、らしいぞ?」


「何一つそう思えませんわね」


 副長が何か言ってらっしゃるようですがこの駄棒ごときにそんな価値があるとは到底思えません。えぇ決して右手に意味の分からない紋様を刻み込んだことを恨んでいる訳ではありませんが。しかし副長は私の意見を無視して話を続けました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る