園芸部 SIDE先崎秀平

 はー、今日も美希ちゃんがかわいいぜ……。本当眼福眼福。

 本校舎一階の空き教室にずらりと並んだのは我らが園芸部の新しい品種。苗が二つと種がひとつ。これから育てる新しい植物たち。

 と、いうわけでいかれたメンバーを紹介するぜ! ひまわりに、トウゴマ、それからキキョウ。どれも夏頃派手になる品種らしい。いいねいいね。派手なの好きだよ、俺。

 ひまわりの苗とキキョウの苗を床に置いた俺は、振り返って美希ちゃんを見る。

「美希ちゃーん! 運んだぜ!」

 俺は植木鉢他一キロの土と、プランターを示す。

「どんなもんだい」

「すごーい。先崎くん、さすがだね。ありがとう」

「いいってことよ」

 サムズアップ。ふん、と鼻息ひとつ。

「力仕事があったらいつでも言ってくれ」

「ありがとう、副部長さん」

 その一言にぐーんと胸が膨らむ俺ちゃん。何を隠そう、この俺は園芸部部長こと松下美希ちゃんに「副部長の枠いないから園芸部入って」と直々にスカウトされこの部活のナンバーツーに選ばれたのだ。

「おうよ」

 ふん、と二度目の鼻を鳴らす。

「先崎くん、この後は? 私たちお茶するけど……」

 と、教室真ん中の机を示す美希ちゃん。その上には確かにティーセットが。

「あ、わりぃ。俺ダンス部に用がある」

「また女の子?」

 と、美希ちゃんが笑う。その笑顔、まぶしいぜ!

「ナイショ。お茶楽しんでなー! 何か足りなくなったら連絡くれ。カワカで買ってくる」

 カワカっつーのは学校の近くにあるミニスーパー。あそこのアイスはゲロ安で、六十円くらいでモナカが買える。

 さて、そんなこんなで俺は教室を飛び出て一路アルコープへ。ダンス部の練習場所だ。

 階段を勢いよくタッタッと駆け上る。飛び跳ねながら、俺は親父秘蔵の(そして俺がパクった)腕時計を見る。いっけねー、もう練習が始まっちまう。俺のフィアンセこと真桜まおちゃんが俺と楽しくおしゃべりする時間を失くしちまうじゃねーか。

 逃走中の泥棒顔負けの速度でアルコープに着くと、悲しいかな、もう練習は始まっていた。しかし俺は、その場面に釘付けになる。

 ま、真桜ちゃんがスカートをはためかせて踊ってるじゃねーか! 見える! 見えるぞ! パンツが……あー、見えない! でも見えそう! 見えろ! 

 この時の俺の視力はまさに天体望遠鏡並みだっただろう。あるいは顕微鏡。あるいはレントゲン。スケスケメガネの開発が急がれる。いや、透けちまったらこのチラリズムも味わえないのか? 見えそうで見えないというこのシチュエーションがいいんだ。見えたら見えたで……いや、いいな。

 結論、その辺のアダルトゲームみたいに裸と着衣の差分が見えるようになればいい。出でよ高性能スケスケメガネ。

 と、バシッと後頭部を叩かれる。丸めた紙。俺は振り返る。

「んだよ銀の字かよ」

 銀の字こと、銀島ぎんしま英司が、俺の背後に立っていた。俺の親友。ダチ公、あるいはクラスメイト。ちょいとした悪筆で、「銀島」の「銀」の字が独特なので俺はたまーに「銀の字」と呼んでいる。主にその場に俺と銀の字の二人しかいない時だけだが。友達の前じゃ「ギン」って呼んでる。そんなギンがじとっとした目で睨んでくる。

「お前の目つきに不純なものを感じた」

 と、呆れ顔の銀の字。

「おめーは見ねぇのかよ。目の前で美少女が踊ってんだぞ」

「俺には白百合さゆりがいればいい」

 銀の字が長髪に隠れた頬を染めることもなくつぶやく。白百合っつーのは銀の字の彼女のことだ。一個上の先輩。チア部所属。そういう意味じゃ、まぁ、事足りてるのかもな。

「俺はお前みたいに節操なく女に手を出したりしない」

 銀の字がフ、と気どった笑顔を見せたので、俺もやれやれと両手を上げた。

「人聞きが悪いぜ。俺はいつだって女の子に優しくする紳士だってだけだ」

「紳士の意味知ってるか」

「馬鹿にすんなよ」

 と、いきなり銀の字がふんふんと鼻を動かす。

「お前トリートメントか何かにヒマシ油使ってるか?」

「なんだヒマシ油って」

「トウゴマから取れる油だ」

 銀の字は聞いてもないのにぺらぺらとうんちくをしゃべる。

「ヒマシ油はトウゴマという植物の種から絞った油だ。古代エジプトから美容品として使われている。トウゴマ自体にはリシンという毒があるが、ヒマシ油には含まれず搾りかすに残る。夏になると綺麗な花を咲かせるぞ。最近そのヒマシ油がシャンプーやリンスに使われた製品が流行ってる。流行り物に敏感なお前も例に漏れずと思ったんだが……」

「ははーん、いい線行ってる。実は今度園芸部で育てる花の中にトウゴマがある」

「ほー」

 銀の字がどうでもよさそうに肩をすくめた。

「それより情報通のお前に聞きたい。最近起きている盗難事件について知らないか?」

 ま、園芸部他いくつもの部活動を掛け持ちしてる俺は、確かにこの学校の情報通だ。そんで銀の字は新聞部。きっとネタを探しているに違いない。

「盗難事件?」

 俺は首を傾げる。

「知らねぇなぁ。高槻先生の特別な万年筆が行方不明なことしか」

「まさしくそれだ」

 銀の字が頷く。

「兵藤先生に聞いたんだが、高槻先生はどうも万年筆紛失事件を生徒のせいだと思っているらしい。恋人からもらった大事なペンで、べっ甲柄で目立つ上に大切にしていたから失くすはずがないんだと」

「その油断が命取りだったんだろ」

 俺はくだらない、という風な顔をしてみた。

「探し物なんてのは大体最初に思いついた場所にあるもんよ」

「先生は必死に探している」

 銀の字はもともと悪い目つきをさらに悪くして目線を流した。

「最近盗難が多いし、何か気になる」

「記事にすんのか」

 俺は踊る真桜ちゃんに目を向けながら訊ねた。

「お前も好きだねぇ。新聞部活動が」

「お前に言われたくないな」

 チラ、と銀の字が真桜ちゃんに目を向ける。

「覗き見も大概にしとけ」

「おう」

 そう、場を離れようとした銀の字が、急に振り返る。

「そういやお前に伝えておきたいことがあった」

「ん?」

 俺は真桜ちゃんのスカートを見ながら応じる。

「園芸部の夏合宿あるだろ」

「ああ、来週の」

「化学部と生物部と同じタイミングだ。生物部には……」

「加佐見典代ちゃん?」

 テンションぶち上げ。

「あの美少女優等生の!」

「そうだ」

 銀の字が笑う。

「合宿と言えば……」

「女風呂!」

「……馬鹿。お前それは犯罪だろ。そもそもここのセミナーハウスに浴槽はない。あるのはシャワー室だけだ」

 だが他部活交流はあるらしいぞ。と、銀の字がつぶやく。

「生物部と仲良くなれるといいな」

 俺はサムズアップ。

「任せとけ。伊達にセシリア時宗でナンパしてるわけじゃないぜ」

 セシリア時宗女子高等学校。時宗院高校の近くにある私立女子校。結構美女揃い。

「ついに俺も童貞卒業か……」

 銀の字が鼻で笑う。

「そう都合よくことが運ぶものか」

「うるせー。銀の字はどうなんだよ。白百合ちゃんと致したのか?」

 銀の字が黙る。

「うっそ、マジ?」

「んなわけねーだろ」

「じゃあ今の間は何なんだよ!」

「何でもねーよ」

「んなわけねーだろ」

 俺は銀の字の肩を抱いて歩き始める。

「どうだった? 白百合先輩おっぱいでかそ……」

 ズドンと足を踏まれる。

「……二度とそういう目で見るな」

「いってぇ! 事実を述べたまでだ!」

 いいケツもしてるしなぁ! と笑うと、銀の字が二度目のスタンプをかましてきた。が、俺は華麗なステップでかわした。

「お前の頭の中はそれしかないのか」

「男子高生なんてそんなもんだろ」

「猿みたいに盛ってるのは俺の知り合いでもお前くらいだ」

「へっ、お前だって目の前で女子が脱ぎゃあ……おっ、香織ちゃん!」

 俺は声をあげて手を振る。目線の先、そこには家庭部の部長、伊牟田いむた香織ちゃんがいた。

「香織ちゃーん! この間のクッキー美味しかったー!」

「お前さっきまで真桜ちゃんって……」

「過去の栄光より未来の成功」

「名言風に言っても無駄だからな」

「うるせー。俺は今に生きる」

 銀の字と別れる。

「じゃあな銀の字! 童貞捨てたら言えよ!」

「お前にだけは言わない」

「友達いねーくせに!」

「うるせーぞ変態!」

 と、その様子を遠くで見ていた香織ちゃんが笑う。

「ほんとに、仲良しね」

 俺と銀の字が? んなわけあるかよ。


 それから俺と香織ちゃんは階段を歩きながらおしゃべりをした。

 話題は割とどーでもいいこと。天気がどうだ(確かに最近暑い)、勉強がどうだ(確かに来年の今頃は受験真っ盛り)。しっかし美少女の顔面崇めたのでよし。何の問題もないどころかプライマイプラス。

 そういや、と俺は、香織ちゃんとの雑談の後、昇降口に向かう途中、思い出す。

 合宿って言やぁ、肝試しじゃねーか。

 俺はニヒヒ、と笑う。

 ドキドキの暗闇。胸の高鳴りを恋と勘違いした乙女が、俺と……! 

 しかも、合宿だぞ合宿。生徒だけの空間(厳密には先公がいっけどどうせあいつら酒でも飲んでる)。もしや、これは、あわよくば……。

 んなわけあるか、と頭の中で馬鹿にする銀の字を無視して俺は目論む。

 雰囲気作りが大事だな。女は性急にアタック仕掛けちゃならねぇ。

 さてさて。

 俺の俺による俺のための作戦会議が始まった。

 そしてそう、この時の俺には思いもよらなかった。

 その合宿で、あんな事件が起きてしまうなんて。

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