開戦の一秒前

 まず動いたのはザラキアだった。


「シャアァ!」


 掛け声とともに、右手で巨大な槍を空に放り投げた。槍はその先端を点のように幾重にも広げ、隙間だらけの傘のような形状になり、そこから光線を放出した。


「うえっ……」


 光線は骸の群れたちへと降り注ぐ。紙一重で逃れるもの、体の一部を犠牲に堪えるもの、そもそも効かない様子の強者などもいたが、この一撃で群れの大半は土に還った。骸故、光魔法には基本的に相性が悪い。ルーティは骸の巨人の陰に隠れ、攻撃を凌いだようだったが、陣営の崩れた骸たちへ向けて、ザラキアは大剣を片手に駆け出した。


「オオオオオオオ!!!」


 自身の身の丈程もある大剣を軽々と振り回し、ザラキアは次々と骸を両断していく。これだけの大火力を放った以上、魔力の消耗は相当なものだと思われるが、それを物ともしないような暴れっぷりである。「すごい……」と思わず声を漏らす。背後のルシファルが「そうね」と少し誇らしげに頷いた。


「ザラキアとの初戦の際、最初にやり合ったのはルーティだったそうなんだけど、この猛攻に攻め切られて危ないところだったらしいわ。途中でローザが合流して以降はボロボロだったみたいだけど」


「へえ、そうなんですね」


 流石に地上で見守るのは邪魔だし危ないので、私は今ルシファルに抱えられえ上空に浮かんでいる。「さて、どうなるかしら」と楽しそうに呟く声を聞いて、再び戦場を見下ろした。


「よ、よよよくも我が友たちを屠り回ってくれたなザラキア……!」


「ふん、貴様の友だというのなら、こんな土塊のような脆さではなく、もっと強度を鍛えてやるといい」


「そうさせてもらうぞ! 骸よ、先達に続け……!」


 宣言とともに、一人の腰の曲がった骸が、天へと腕を掲げる。つられたように全骸がそうすると、ルーティから漏れ出た魔力が、彼女らの元へと流れた。


「感覚共有の呪術ね」


「一体何ですか、それは」


「文字通り術者の感覚を対象者に共有させる呪術なのだけれど、ルーティはそれを各感覚ごとに共有することで、軍全体に強化をかけられるのよ」


 ──なるほど、よくわからん。


「たとえばそうね、今行ったのは恐らく耐性の共有。素体は聖人の骸っぽかったから、光魔法と熱魔法辺りへの耐性を底上げしたんじゃない?」


 ぐおおお、という呻き声とともに、今度は巨人が腕を掲げた。そこから黒い魔力が漏れ出で、軍全体に割り振られると、亡者たちは一斉にザラキアへ襲い掛かる。その勢いは先程までより俊敏で、力強い。


「今のは身体能力の共有ね、結局は元のスペックに依存するとはいえ、短期的な強化としては恐ろしい火力を誇るらしいわ」


 素人目にも、瞬発力が数倍に膨れ上がったのが伝わってきたレベルである。相手にするとなればそれはもう、地獄のような軍勢だろう。そこから蘇った傀儡なのだから当たり前か。


「ぬんッ!!」


 得物を薙刀に持ち替えて応戦するザラキアだったが、徐々に押されつつあるように見えた。体力と魔力を同時に奪われていくザラキアに対し、ルーティは骸を一定間隔でぶつけていくだけでいい。その差がそのまま戦局に繋がってきているらしい。


「どどどうだザラキア! 今こうさんするなら、まだ許してやらんでもないでもない!?」


 それは許さないのではないか、とツッコみたかったが、何か言われると怖いのでやめた。


「遠慮しておこう、ルーティ。我は、魔王様以外に頭を下げる気はないんでね……!」


 そういうと大槍を片手に、ザラキアは天高く飛翔し、相手を失った骸たちは腐った頭蓋をぶつけあった。漆黒の翼を大きく広げ、ザラキアは詠唱を始めた。


「闇夜よ、地を這う愚者どもを無に帰せ──漆黒の帳ダーク・フォールン!」


 どす黒く染まった槍は──戦場の中心を穿った。


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