文句を言われる四秒前




「王たるものがそんな淫らな格好をしてはいけません!! 軍全体の指揮に関わりますぞ、下手すると男衆全員王の魅力で骨抜きとなってしまい敗北に直結ッ! そもそも、それでは王が風邪を引いてしまうかもしれないッ!! おのれ人間、よくも我が御方にこのような辱めを……!!!」


「まあまあまあまあ、落ち着いてくださいザラキアさん」


「これが落ち着いていられるか!! こんな、こんなもの……ッ!! ガハッ!!」


 ザラキアさんの顔から、滝のように血が滴り落ちる。正確に言えば鼻から。しかし彼にはそれに抗う術がない。何故なら、両手は目を覆うことに使われているからだ。


「ザラキア、すごいことになってて見苦しいのだけれど……」


「ハッ!?!? 私としたことが何たる失敗……! 面目ない、出直して参ります!!!」


 そう言ってザラキアさんは、ヘンゼルとグレーテルよろしく血痕を散らしながら、ひとまず部屋の外へと去っていった。


「慌ただしい人ね」


「ええ、本当に……」


 喧しいし落ち着きがないし威厳がない。強大な力の割に、子供っぽい部分が多い人なので、次何をするのかが全然読めなくて面白いと思う。私の勝手な憶測だが、ルシファルさんは彼のことを四地王の中でも特に気に入ってる気がする。

 数分して、鼻の詰め物と共にようやく帰ってきたザラキアさんは、開口一番私を指さした。


「婿。王の淫らな格好は貴様の趣味だな!?」


「いや、私じゃなくてジンさんの趣味ですし最近はルシファルさんの趣味でもあります」


「何ィ!? ジンの奴……! ふざけたことを……ッ!! ってお待ちください我が王!? 貴女の趣味でもある、とは一体どういうことか!?!?」


「うーん、なんていうか……気に入っちゃったのよね、この格好」


 涼しいし、動きやすいし。そういって、くるっとその場で一回転して見せるルシファルさん。ぐほあ、と間抜けな声と、何かを発射するようなスポンという効果音。鼻栓が一本飛んで行った。


「き、貴様……! 何故平然としていられる!?」


 上を向くことで必死に鼻血を留めながら、ザラキアさんはビッと指を私に向けた。何かの漫画で見たような独特なポーズになってるなー、なんて思いながら答える。


「んー……見慣れたから……?」


「見・慣・れ・ただとお!? 貴様! 我がルシファル様に、見慣れたというのか!?!? 我なんて数百年お仕えした今でさえ謁見の度ドキドキしておるというのに!!!!」


 素早く軽やかに、さながら獲物を狩る獅子のごとき勢い・形相で首根っこをがっしりと掴んでくるザラキアさん。鼻血止まったんですね。選択肢を間違えたな、と心の中で嘆息した。ごめん、ザラキアさん。


「やめなさいザラキア。殺すわよ?」


 言い終わるが刹那、ザラキアさんの体は太い槍のようなもので頭から尻まで、さながら串焼きの具のように貫かれた。脳天まで深々と槍が刺さったことに気づき、一瞬遅れてザラキアさんが叫ぶ。


「ウオオオオオ!?!?」


「あ、ごめんなさい。手が滑ったわ」


 ルシファルさんの手の甲には魔法陣が浮かんでいた。なるほど、アレを使って詠唱を省略し、魔法を瞬間発動させたらしい。悪びれる様子も申し訳なさげな様子もなく、ただただ『やっちゃったなあ』って感じの声音でルシファルさんはそう言った。


「いえ、お気になさらず。王の一撃で目が覚めました。貴女が正しい、悪いのは我。貴女こそが世界の真理なのだから当然です。とはいえ、我が王の晴れ着に見慣れたなどと抜かすその男を許すことは、我には出来ませんなッ!」


「晴れ着っていうか既に普段着なんですけど」


「そうねえ……んー、私としても、見慣れられるのは少し寂しいわ……」


 何かを考える様子のルシファルさん。じーっとこちらを見ている。何やら嫌な予感。


「ねえ、貴方は何なら飽きないかしら?」


 ふっ、と妖艶に微笑んで彼女が問うた。嫌な質問だ、と内心で眉を顰めた。下手な格好をされちゃあこちらの精神がもたない。


「いいですか、ルシファルさん。どんな姿だろうと、生きている以上はいずれ慣れというものが訪れます。私が貴女にどんな格好をしてもらおうと、必ずそれは訪れてしまうのです。だとするなら、勿体ないと思いませんか?」


「勿体ない?」


 ええそうです、と頷いてみせる。


「貴女という美しい一輪の花を飾る、数々の衣装コスチューム。それを味わい尽くさぬまま次へゴー、なんてガムを数口噛んで捨てるくらいの愚行ですよ」


「あ、あら。そう言われると照れますわ」


 頬をうっすら赤く染め、照れたようにルシファルさんは笑う。それを見て胸の辺りを押さえるザラキアさんだが、こちらの視線に気づいた途端中指を立ててきた。が、楽しそうなルシファルさんを見て、悔しそうに親指も立てた。というか、未だに槍が突き刺さったままで大変シュールなのだが。


「そんなわけで、今しばらくその格好でいてほしいなー、と私は思うのです」


「あなたがそう望むのなら、私はそれに従うだけだわ。だって妻ですもの♪」


 彼女の無邪気な笑顔に、ぐはあ、とザラキアさんが吐血した。長々と槍に貫かれているせいかもしれないが、私には判別がつかない。わかるのは、ルシファルさんの行動は全て彼にとっての喜びに変換されるということだけだった。


「そういえばそろそろお昼時ね。ザラキアもご飯、食べていくのでしょう?」


「ル、ルシファル様の手料理……!? ご相伴に預かれるのなら、是非ッ! 是非にッ!!」


 串の刺さったままの彼が言うと、彼自身が食材にされそうで中々面白いよな、なんて考えて心の中で笑った。流石に口には出せまい。


「というか、そろそろ抜いてあげた方がいいんじゃないですか?」


「それもそうですわね」


「い、いえ!! 抜かないでいただけないでしょうか、我が魔王よ!」


「はい?」


 流石のルシファルさんも首を傾げて聞き返す。すぐに「まあ、嫌なら別にいいのですけれど」と言って、食事の準備に取りかかったが。


「これこそはルシファル様による、私への戒め――この痛みと感触を忘れぬようにし、二度と同じ過ちを繰り返さぬようにしなければならない――――」


「………………」


 多分私が夫である限り、幾度となくその感触を味わうことになると思いますよ、と教えてあげようかと思ったが、命が惜しいのでやめておいた。

 綺麗な鼻歌とともに、美味しそうな匂いが漂ってきた昼下がりである。

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