イレギュラー

能ある鷹は爪を隠す?

 レーダーから僚機を示す青点が消え、爆音が曇天の下に木霊する。

 そして、不気味な静寂に包まれる放棄都市。

 ガス雲より降り注ぐ灰色の雨を受け、鋼の巨人は涙を流す。


「どうなってる…?」


 その巨人を操る男は、自身の目を疑っていた。

 長距離用に調整されたレーダーユニットが捉えている敵機は1機。

 3機のティタンと同時に接敵し、2分足らずで全機を撃破。

 武装を分析する時間もなかった。


「ちっ……V狩りめ」


 忌々しげに吐き捨て、ビルの影から影へ機体を走らせる。

 自尊心を満たすとして優秀だった僚機の敵討ちなどしない。

 使い慣れない右腕のライフルを睨み、舌打ちする。

 その量産品は全ての性能において最低水準だった。


 交戦を回避し、安全域まで離脱──レーダー上の赤点が移動を再開。


 逃走を図る巨人へに突進してくる。

 爆発的な加速を伴って。


「なに…!?」


 歩行を中断し、無意識のうちにスラスターを噴射。


 刷り込まれた反復動作──それが生死を分けた。


 右手のビルがコクピットの高さで溶融し、倒壊。

 灰色の雨を蒸発させ、青い閃光が視界内で爆ぜる。


「この威力……ナガサワか!」


 回避に成功し、襲撃者の武装を男は瞬時に理解した。

 この世界でナガサワの名を知らぬ者はいない。

 一撃必殺を具現化したエネルギー武器である。


 右へスラスターを噴射し、機体を敵機に──向けられない。


≪エネルギー残0%≫


 エネルギー不足の警告が鳴り響く。

 推進力を失った巨人は、重力に従って雨と共に落ちる。


「冗談だろっ…このポンコツ!」


 駐車場と思しき広場へ着地し、路面を陥没させる。


 現代戦車を彷彿とさせるデザインのティタン──初期機体。


 シビアなエネルギー管理は内部のパーツを交換しても大して変化がなかった。

 エネルギー回復まで時間を稼ぐためスティックを操作、威力が高いミサイルを選択。

 ロックオンの警告が鼓膜を叩く。


「ちぃっ!」


 涙ぐましい抵抗として後方へ跳躍。

 しかし、青い閃光は無慈悲に右脚を吹き飛ばし、爆発の熱量が装甲を焼く。

 見たくもないDANGERの文字が視界を埋め尽くす。


「くそ!」


 墜落の衝撃で震える視界、それでも悪態が飛び出す。

 右脚部は完全に大破。

 初期機体の貧弱な装甲は焼け焦げ、駆動系も無事ではない。

 灰色の雨が、頭部のカメラを濡らす。


 上半身を辛うじて起こし──眼前の広場へ降り立つティタン。


 降り注ぐ雨のように薄汚れた灰色の機体。

 大型レーザーライフルの砲口を向け、赤い眼光で男を睥睨する。 


「はっ……イカれてやがる」


 敵機は中量級のティタン。

 武装はナガサワとレーザーブレイド、両肩背面には補助スラスター。

 ナガサワの運用のみに絞った極端な構成。

 その燃費は最悪、とても戦えたものではない。


「…くだらねぇ」


 そんな相手に手も足も出なかった。

 有名人の皮を被って自尊心を満たす偽物には、それが限界。

 そう自嘲する男の耳元に、死神の声が届く。


≪──対象A28を撃破≫


 通信越しに響いた無機質な声は、平坦な単語を並べるだけ。

 カメラが捉えた最期の光景は、大型レーザーライフルの青い閃光だった。



「本田、これ見ろよ!」

「おん?」


 弁当を食い終えた昼下がり、隣に座る新たな友人、中森が猛烈に肩を叩いてきた。

 なんだよ、俺の肩はサンドバッグじゃないぜ?


「これだよ、これ!」


 中森の差し出したスマホの画面には、見覚えのある銀髪赤目の美少女が。

 つまり、アルビナ先生がゲーム実況している動画が映っていた。

 先生、狼狽えてらっしゃる。


 原因は──赤茶けた放棄都市で戦う1機のティタンのせいだ。


 不思議だな、こいつ見覚えがあるぜ。

 次の挙動はスラスターのカットだ、ほらな。


「かっこいいな、おい!」


 だが、俺は空気の読める男。

 せっかく楽しそうな空気に水を差すような真似はしない。

 こいつの正体なんて誰でもいいのさ。


 それに──アルビナ先生の撮ってる相棒、めちゃくちゃ決まってるんだけど!


「だろっ!」


 2人並んで小さいスマホの画面を食い入るように見つめる。

 地下駐車場から現れ、ガトリングを斬り飛ばす相棒。

 もうロボットアニメなんだが?

 最高かよ。

 さすが、先生だ。

 初心者狩りを牽制しながら絵になるシーンを逃してねぇ。

 あと、狼狽えるところが可愛い。


「これTLで流れてきたんだけど、本田が買ったゲームっぽいぜ!」

「最高じゃん、ティタン・フロントライン…!」


 第三者視点で相棒が見れて、俺はご満悦だった。


≪ターゲット確認≫

≪対象エリア21≫

≪確認≫

≪世に銀蓮の祝福と安寧を…≫


 俺は何も見ていない。

 物騒なコメントは全て見流した。


「俺も買おうかな……ロボット、いい」

「おう、買えよ。今ならイベント開催中だぜ」

「マジ?」

「マジ」


 すかさず宣伝していく。

 友も、新規も、道連れも、多ければ多いだけ楽しい。

 お前もティタンに乗らないか?


「バイト、頑張るかな──」

「ごめんなさい、中森君。少し本田君を借りてもいい?」


 友達との学食を終えて戻った藤坂の強襲!

 淑やかな笑顔を浮かべているが、目は笑ってない。

 頼むぞ、中森。

 俺たちはロボットで心を通じ合わせた友だろ?


「貸すよ!」


 友を売るのか、中森!

 ちくしょう、野郎のウインクなんて可愛くねぇ!


 薄情な友に見送られ──連行された先は、サクラの植えられた中庭のベンチ。


 もう桜は散ったぜ。

 告白するなら卒業式にしてくれ。


「勝二、私が迎えに行くまで大人しくできなかったのか」


 相変わらずの無表情だが、ちょっと不満そうだ。

 さて──


「なんのことかな?」

「私が気付いていないと思ったか?」


 藤坂が取り出したスマホの画面には、相棒の雄姿が!

 馬鹿な、なぜ気付かれた?


≪行くぜ、相棒!≫


 画面から聞こえてくる通信越しの声。

 どう聞いても俺だな。

 半眼の友人から目を逸らす。


「知ってるだろ…俺は我慢弱い男なんだ」

「目を見て話したらどうだ」


 情けない言い訳をした瞬間、俺は敗北を悟った。

 いや、勝負にもなってないが?

 藤坂が溜息をつきながら、スマホをポケットに戻す。


「勝二は放っておくと何をするか分からない」


 すみません。

 これもティタン・フロントラインってゲームが面白いのが悪い!

 俺は悪くねぇ!


「そこも好きだが……やりすぎたな」

「ふっ俺を止められるかな」


 この友達の忠告を聞けない男を!

 最低じゃん、そこは聞けよ。


 やりすぎた──動画には俺を狙うプレイヤーのコメントが連なっていた。


 なんて恐ろしい世界なんだ、ティタン・フロントライン!

 しかし、ロボットバトルを楽しむなら好都合か──


「今日、迎えに行く」

「マジか」


 クランの問題が片付くまで来れないはずじゃ?

 我慢弱い男もたまには悪くないぜ。

 ようやく、ゴールデンウィークに果たせなかった約束を果たせる。


「セントラルで待ってるぜ」

待ってるんだぞ」

「うっす」

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