第16話 頼みにつけ込んで

 「奏〜、明日は予定空いてる?」

 「空いてるけど……どっか行くのか?」

 

 そう返すと紗奈はニヤッと笑った。


 「前に言ったじゃん、乙女心を教えてあげるって」

 「そういえばそうだったな」


 言い出しっぺの自分が忘れていた。

 それに知りたかったこととはいえ、なぜそんなことを紗奈に頼んだのかが今となっては分からない。

 もしかして空気感に流されていたのだろうか……。


 「だから明日は期待しててよね?にひひ……合法的に奏多とデー……ごにょごにょ」


 途中から何を言っていたのか分からないが、嬉しそうな顔をしていたから言及するのはやめた。


 「予定とか、集合時間ははどうするんだ?」

 「それも追って伝えるから、果報は寝て待て、だよ」

 「果報って……」

 「そりゃぁそうでしょ、私と休日一日過ごせるんだから」

 

 誰々が紗奈に告白して振られたというのは噂によく聞く。

 確かに男子ウケのいい紗奈と一緒に休日を過ごせるということは、他の男子たちからすれば羨ましいことこの上ないのかもしれない。 

 でも俺はどうなのだろうか……。

 今まで紗奈を異性として意識したことは―――――。


 「確かにそうかもな」

 「えっ!?」


 紗奈は驚いたように飛び退いた。


 「なんだそのリアクション」

 「そ、そっちこそいきなりズルくない!?」

 「何がだ?」

 「普段気のない振りしといて、こういうときだけっ!!」


 そこまで言うと紗奈は慌てて自分の口元を押さえた。


 「今のは何でもないから忘れて。それじゃ部活あるから!!」


 口早にそう言い残して紗奈は部活へと向かって言った。

 でも待てよ、金曜日って紗奈の部活は無かったよな――――――。


 ◆❖◇◇❖◆


 「この寝坊助さんめ!!」


 ゲシゲシと胸ぐらを軽く殴られるような感覚と共に目が覚めた。


 「んお?って、今日は紗奈と出かけるんだったな」


 時計は既に九時を回っていた。


 「んお?じゃなくてその前に言うことあるでしょ〜?」

 

 俺に跨ったまま紗奈がジト目で俺の顔を覗き込んだ。


 「あぁ、時間に遅れてごめんな」

 「それだけ?」


 それだけって何だよ……。

 

 「もうちょっと誠意ある対応を見せて欲しいな?」


 こういうときは決まってアレだ、何かを奢ると言わないと機嫌を直してもらえないのだ。


 「わかったわかった、なら上限が千円までなら何か奢るぞ?」

 「よしよし、千円で手打ちね!!ならちゃっちゃと着替える〜!!」


 クローゼットの方へと機嫌を直した紗奈に背中を押された。

 

 「着替え終わったぞ」


 今から行けばどうせ二時間ぐらいで昼飯だし朝飯はいいか。

 そんなことを考えながら一階へと降りると、


 「はい、これ食べて〜」


 ダイニングテーブルの上に紗奈がお皿を並べていた。


 「これは……?」

 「メッセージ送っても既読つかなし、電話しても出てくれないから寝てるなって思って用意してきた」


 母親が用意してくれてない朝食を、幼馴染が用意してきてくれている。 

 なんと言うか……


 「母親みたいだな」

 「えっ!?でもお嫁さんがいいなって……」

 「なんか言ったか?」

 「む、無駄口叩いてないで、さっさと食べて支度しなさい!!」


 やっぱり母親みたいだった。

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