コウキが口をすぼめてゆっくりと紫煙を吐き出す。1本二十円もするタバコの煙が暫くのあいだ宙空を漂い、やがて風の中に消えてゆく。

 背を持たせかけている錆びまみれのフェンスが、微かに湿っていることにユウタは気付いた。ここに来る前に小雨でも降ったのだろうか。しかし今座っているコートの中はそんなに水気を感じない。

 コウキは吸い終えたタバコの吸い殻をポイっとフェンスの向こう側に投げ捨てた。

「吸う?」

「要らない、要らない」

 勧められたタバコを一瞥もせずに、ユウタは即座に首を横に振る。以前から断り続けているのだが、しかしコウキはそんなことなどお構いなしに、なにかと自分の嗜好品を涼しい顔で差し出してくる。

「仕事、仕事、おしごとー、おしごとー、お・し・ご・とー」

 歌うように何度も「お仕事」の単語を繰り返した後、コウキは胡座をかいてスマホをいじり始めた。

 この日も近くにある交番から警察官が見回りに来る気配はなかった。

 よくよく考えてみれば不思議な話である。なんと言ってもまだ16歳未満の幼い少年たちだ。そんな彼らが深夜にバスケットコートの中で騒いで、挙句の果てにタバコや酒などをやって暴れているのである。それもほとんどが毎日のことだ。それなのに苦情の一つも出てこなかった。少なくとも、そんな情報がユウタの耳に届いたことはなかった。

 公園の一角にあるこのコートは、前後を暗い海と閑静な住宅街に挟まれている。

 いつもユウタたちが座るフェンスの向こう側に、深夜の少年たちに無関心な人々が暮らしていて、彼らはどこまでも正しくはるかに真っ当な生活を送っている。

 コウキがスマホを操作しながらタバコを取り出し、百円ライターで先端に火を点ける。その様子を横目で窺いながら、器用だな、とユウタは思う。

 吸う? と、毎回お馴染みのやり取りが始まる。

 要らない、と答えた後、ユウタは暗い海のほうへ目を向けた。しかしどれだけ目を凝らしても、自分が眺めてみたい海の姿はユウタの瞳には映らない。

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