26

取り乱して喚き散らした所を目撃された上でぶりっこする気にもならなくて、掴まれた手を荒く上下に振ってみる。もう掴みかかる相手はいないし、すっかり頭冷めてるから大丈夫なんだけど。

口で言っても、行動で示しても近江洋介は手を離さない。せめてなんか喋ればいいのに。


「お前」


心の声が伝わったのか、榛名聖のお色気ボイスでも、金髪のどこか幼さの残る声でもない、凛とした低音が鼓膜を震わせた。


「いじめられてたからって復讐って…相当性格歪んでるな。」

「あんたにだけは言われたくない」


当然でしょ、人の事足蹴にする様な奴に言われるなんてお終いだ。

この秀逸すぎる切り返しにどんな反応をしているのかと近江涼介の顔を見上げれば、相変わらずの無表情。全く気にしてませんってか。


やれやれ、奴は何事にも動じない冷血漢だよ。

表情も作れないロボットかなんかだよ。


「でも、ま…」


心の中で呆れた息を付きながら視線を逸らした刹那、手首から離れ浮いたその手が予告なしに私の髪を乱した。


「お前、結構やるな」


頭への衝撃に持ちあげた視線に飛び込んだ彼の表情と言葉に、思わず目を見開いた。薄ら、本当に微かだけど。その目と口許に、笑みを湛えている。目の当たりにした事実にも驚いたんだけど…

それ以上に、笑みと一緒にくれた言葉が―――…


***


「なんっでお前がここにいるんだよッ」



榛名聖に頼まれて窓辺の観葉植物の水やりをしている私を指差して、金髪はぎゃんぎゃんと喚く。

ったく、煩いわんちゃんだこと。



「まあいいじゃないのまーくん。あ、藤澤ちゃん水遣りありがと~。」

「別に、このくらい。」


差し出された手にジョウロを手渡す。


「…まあ、あの気持ちわりぃ喋り方しなくなっただけいいけどな!」

「え~金髪煩い♡」

「やっぱこいつ今すぐ追い出せえええ!」

「あはは、藤澤ちゃん、まーくんの扱いひっどい。」


じゃれあい始める二人を余所に、我関せずと言った調子でソファを陣取り雑誌を読みふける近江涼介ににじり寄る。背凭れの辺りまで来ても、気付いてないのかシカトなのか、近江涼介は微動だにしない。さらっさらの黒髪だけが、ひと束流れたぐらいだ。

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