第9話 魔物の真実

「ルシルさんを捕らえて脅迫します」

「「……は?」」


 間の抜けた声が重なる中、ルシルだけが笑い声を立てる。その横で、フィリップは呆れたように首を振る。


「続けて?」

「その、ルシルさんをレイテ様に拘束していただいて……ルシルさんは魔力が、その、まあ恐らく拘束できますので。それでフィリップさんを脅して、あの魔物を殺さないとルシルさんがどうなっても知らないぞ、と……その、フィリップさんはルシルさん関係のことには弱そうと思いましたから」

「そういうことだよ」


 呆気に取られた顔の聖女たちを見渡し、ルシルは微笑む。


「外道極まりないやり方だけど、有効だろう? でも、フィリップに気づかれないように私を拘束するのは難易度が高い。今の状況ならね。だけど、例えば、もし私とレイテさんが意気投合して、友人と呼べる間柄になっていたら? 私を捕らえられる確率は上がるんじゃないかな? もしくはそもそも、フィリップの信頼を勝ち得ていれば、脅すなんて面倒なことをしなくても魔物くらい引き受けてくれるよ」


 そういう意味でも、人間関係は大切だよ。


 そう言って手櫛で髪を整えると、ルシルはフィリップを見上げた。その視線に気づいたフィリップが振り返り、わずかな苦笑を漏らす。

 その笑いはいつも通りだけれど、ルシルは真っ直ぐにその顔を見ることができなかった。


「ときに」


 話題をずらすように、勿体ぶったようにルシルは口を開くと、立てた指をくるりと回す。


「レイテさんたちは、私に用があったのでは?」

「そ、そうよ! 忘れてたわ」


 はっと気がついたように眉を跳ね上げ、そしてそれを誤魔化すように一つ咳払いをすると、レイテは重々しく口を開く。


「ルシルさん、あなたの行動の意図を聞かせてくれるかしら?」

「隠していても仕方のないことだしね」


 あっさりと頷くと、ルシルはフィリップへと手を伸ばす。その手の上に、フィリップの持ってきた紙が置かれた。それをぱらぱらとルシルがめくる間、部屋には沈黙が満ちる。

 ややあって、ルシルは口を開いた。


「私は回りくどい説明が嫌いだから、端的に結論から。今回の魔物、私は寄生魔物を疑ってる」


 一瞬の空白の後、真っ先に口を開いたのはフィリップだった。


「寄生魔物? というと、大型魔物に寄生して行動に影響を及ぼすという? ……そうか、だから生息域」

「さすがの理解力で良いね。今回の魔物は、本来の生息域であるリズリー樹林から繋がるバラッタ山脈、しかも頂上付近に生息していた。しかも、それだけじゃない」


 指先をもう一本立てたルシルは、言葉を続ける。


「最初の調査の段階で気になったことが2つ。一つ目はラキム。あの辺りにあったラキムが、ほとんど食い荒らされていたことに気がついたかな? さてフィル、ラキムの効用は?」

「腹痛、吐き気、寄生虫。……寄生虫」

「そういうこと。動物は意外にそういう効能に詳しいものだ。次、あちこちの木に身体を擦り付けたような痕跡が残っていた。それも全部同じような高さにだ。ある一箇所を猛烈に擦っていたとすると、どうかな?」

「そうなると、体内ではなく体外に寄生する種類の魔物だということですか。寄生された魔物はそのことに気がついていて、でもよく分かっていないからこそラキムを食い荒らし、痒みや不快感から身体をそこらじゅうに擦り付けた、と? 確かに、あの魔物にそういう習性は確認されていませんが」

「そう。そしてもう一つ、戦っていた時に気がついたことがあって、君の話を聞いて確信に変わった。さて問題だ、フィル」


 楽しそうに笑みを湛えたルシルは、弟子の額を指でつつこう、としてその手を止める。代わりに、軽く指を鳴らした。

 こうしてフィリップに問題を出し、試すのが、目下のルシルの楽しみである。

 2人の中で完結した世界に、レイテたちが一切の口を挟めないまま、会話は進んでいく。


「私が倒れた後、どうしてあの魔物は何もせず立ち去った? 戦闘中に気づいたことは? 生息域の変化の理由は?」

「……」


 難しい顔をして目を伏せたフィリップの表情を、ルシルは意地の悪い笑みを浮かべて見つめる。その表情を知りながら、思案に沈むフィリップは相手にすることなく、目を閉じる。指先が、肩にかかった一筋の髪をくるくると弄り回していた。

 少しの間があって、フィリップは呟いた。


「日光」

「というと?」

「あの魔物は、明らかに日光を避けていた。そして明らかに、元の生息域より涼しい場所に移動している」

「さすがだね」


 フィリップは、目を閉じて思い返す。

 魔法の一撃と、魔術具に施された強力な防護魔法がぶつかり合ったことによって、周りの木々はほとんど吹き飛び、倒れるルシルの周りには強い日差しが差し込んでいた。しかもちょうど太陽は真上に上がっていて、その暑さは肌を焼くほどだったことを覚えている。

 戦闘中も確かに、魔物は予想外の動きが多かった。一番近くにいる人間を狙うことなく、無駄に遠回りするような様子があった。それは撹乱のためではなく、思い返せばずっと、日光を避けていたのだ。

 

 フィリップは、目の前でほっそりとした両手両足を投げ出しているルシルを見つめる。

 あの混戦状態の中で、この人は、これだけのことを見抜いていたのだ。


「言うまでもなく、あの魔物にそんな習性はない。寄生された魔物がその習性を変えることは、よくある話でね」

「はい」

「寄生魔物からしても、生き延びて子孫を残したいわけだから、そのための行動を宿主に起こさせる事例はよくある。例えば、宿主に力を与えて生存率を上げたり、逆に弱らせて寄生魔物への抵抗力を下げさせたり、凶暴化させて戦わせ、最も良い、強い宿主を探したり。蠱毒の原理だね」

「そして、自らの生息しやすい環境に移動させたり、ですか。そういえば、この間の魔物は通常よりかなり大型だった」


 合格、というようにゆったりと頷いてみせたルシルは、持っていた資料を持ち上げる。


「君が汗水垂らして集めてくれた資料だよ」

「残念ながらラツェル第二支部の図書館以外行ってませんね」

「今まで、あの区域で寄生魔物の報告はない。あそこに居ついていたとしたら、さすがに一つや二つそれらしい報告はあるだろうけれど、一切それがないってことは、どこか遠くから来たってことだ。日光を避ける、涼しい場所へ移動する、つまり北の魔物だと予想して、寄生された可能性のある人間がいないかどうか調べてもらった」

「……そういう意味でしたら、思いの外、大量に見つかりました」


 頷いたルシルは、大量の紙束の中から一枚の紙を取り出す。そして残りを、フィリップへと手渡すと、寝台の脇に置いてあったペンを手に取った。


「フィル、その資料にある、症状が報告された場所を教えてくれるかい?」

「はい」


 淡々と地名を読み上げる低い声だけが部屋にこだまする。

 息を詰めるようにして聞いていた聖女たちは、フィリップが言葉を切ったのを確認するや、我先にとルシルの手元を覗き込んだ。

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