第9話 洞の楽園

とある大樹の洞の先に楽園があるという。その穴はあまりに小さくて子どもでも通ることができない。


洞の先は豊穣に満ちた大地。美しい姿の人々が幸せそうに暮らしている。


通ることができるのは赤子だけ。赤子を差し出すと聖母のごとき腕が赤子を連れていく。


そこへまた一組の夫婦がやってきた。生まれたばかりの赤子を抱き、この苦しみに満ちた世界から救い出そうと子を洞へと。


洞から差し出された手は震えていた。そして一度は抱いた赤子を夫婦へと押し返した。


手は穴の中へと引き込まれる。そして悲鳴と鈍い音、代わりに差し出された手は血に濡れていた。


夫婦は子を抱き、洞から飛びのいた。起きたことを人々に話したが誰も信じてはくれない。


洞の先には楽園がある。その赤子は穢れた魂だったから拒まれた。


誰も彼も聞く耳を持たない。引き返せなかった。


その話が本当だったなら、これまで捧げられた赤子はどうなる。差し出してしまった親は。


楽園はあるのだ。少なくとも彼らの頭の中には。


今日もまた救いを求めて赤子が洞へと差し出される。育ったあの子が洞を見つめ、いいないいなと呟いていた。

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哀情オムニバス 蒼瀬矢森(あおせやもり) @cry_max

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