1-19 樹液チューチュー


「やっぱ、よく出来てんなぁ〜」


俺の推測通り、今まで見てきた最下層から近い10階程度には売店やホテルの個室みたいな部屋が並び、電気制御室や目的に繋がっている重要な設備は見えなかった。


かろうじてエレベーターやエスカレーターはあるが電気が通っていないし、ある出来事から電気の通ってない電化製品に全身を任せることはできないと思いど止まり、暗い非常階段を登っている、あるのは光っていない非常灯とこのどこからか伸びて来た、一本の太い黒いコードだけだ。


「確信もない状況で、コレを辿るしか選択肢がねぇのは、キツイな…」

今俺が即興で建てた計画の中で一番の心配事は、と後ろを振り返る。

コレまで子供にしてはかなり厳しい生活が続いただろう、それなのにアセビがバテるのを見たことは無い、でもあくまで子供、体力的にこの100階建て以上のビルを1日で登り切ることはできない、途中で休憩を取り、睡眠もその都度摂ると考えて余裕を持って4日、アセビの事で悩んでいると、


「競争しよ、」


「競争か?…ダメだ、こんな暗さで階段なんて走ったら、転ぶ無駄な体力を使おうとするな。」

突然の良い提案に、より眉をひそめて困ったが冷静に考えれば、危険性もあるし教育的にも悪い事を教えるべきでは無い、そんな事したらカトレアにどんなにドヤされるか。


どこがダメかも言った教育的な言葉で断ったが、今の言い方は不味かったか、アセビがしゅんとしていない感情を表に出そうとしない悲しがり方をしている、気を遣って肩を縮めた、少し前に戻った様な寂しがり方、


その顔に俺の心が先に折れた、そんな寂しそうな顔するなら。

「…まあ安心しろよ、お前よりは早く行ってやる。」

俺が怒られた方がマシだ。


アセビは両手でガッツポーズをすると大きく頷き、階段を一段飛ばしで少し早く歩き出した。


2人が走る非常階段は肩身が狭くなる場所なんてなくて、縦にも横にも広く、廃墟にも慣れている俺からすれば走りながら、前を気にしながらもアセビの周りを気にする余裕があるそれでも疲れる、

同じ白い壁、同じ白い床、同じ燻んだ天井が何度も時間と共に流れていく。

その変わらない景色の中でも嬉々として目につく、明確に変わる部分が一つだけあった。

壁にかかってる金色の数字だ、一往復するごとにだんだんと大きくなっていく。

その階数は一往復で変わるが、その一往復がかなり長い、折り返しの踊り場を何段も何段も踏みしめても上には途方もなく続く。


階数が二桁になって数回見た踊り場で、

アセビが階段にかけようとした足がもつれて膝をついた、腕を前に伸ばしたまま倒れた。

俺は即座に血の確認をしたが、怪我にはなっていない少し腫れているだけだ。


「アセビ、平気か?」

「……」

アセビは首を振ることもしない、でただ息を必死に吸って整えようとしている、

エイキチは無理に聞こうとしないで、ただただ優しく少し顔を上に向けて仰向けの状態にしてやって、水筒を渡す。


目がボーッとしていて、虚な目がより大きくなっている、小さい口を精一杯開いて、苦しそうな喘ぎ声が混じって呼吸をしている。

こんな場合は焦って、水分を無理に飲ませようとしないでアセビに委ねる形を取る。


「そうか走ったのなんて何日振りだ、」


「…4」


「4日か、久しぶりで疲れるよなぁ」

「4年…振り」


「おいおい、」

俺は背中に乗っていたリュックを前に背負い、リュックの肩紐を体にめり込むぐらいきつく締めて、腰を落とすとアセビが登りやすい様に腕も後ろに伸ばしてやる。


服をつまんで乗っても良いのか、乗らない方が良いのか、指を咥えて考えているアセビを気にせず、俺はアセビに見える背中の方から近づいていって、アセビの脇を掴むと強制的に担いだ。

「行くぞ!」

俺がアセビを担いで走り出して階数がギュンギュン変わっていった数分後、壁にかかってる金色の数字は20階を示していた。


「ハーハー、流石に疲れた、」

この非常階段の一番上の踊り場で今度は俺だけが、座り込んでいたアセビはと言うと、体力を回復したのか俺が立ち止まるとすぐに飛び降りて、周囲を見て回っている。


「大丈夫?」

しばらく経って、俺の顔を覗き込む様にして、俺を心配してくれたが、

「ああ、

でも良いのか競争、俺のほうが早かったぞ。」


それを聞いたアセビはハッとした様子で非常階段の出口を一歩跨いだところでドヤッとした笑顔で振り向いた。

「ココが、最後の一歩」


「お前が、階段で競争するって言ってただろうが!」


「そんなの知らない、」

「お前なぁ、勝負事はちゃんとしろよ、」

「油断と慢心。」

「うるせえ!」


痴話喧嘩めいた事をしながらもう2人は、歩いていき、

一つの大きなカーテンを潜った瞬間気づいた、その階層は今までの階層とは雰囲気がまるで違った、冷たい空気が首を撫でる様に過ぎていく、なぜか周囲から人の気配を感じていた、今までと同じ白い神秘的な空間だったのに。


しばらく右に大きい円を書く様に曲がっていく曲がった道を歩いていくと、

誰かが右脇を叩いてきた、違和感を感じてすぐに後ろを振り向く、その過程で今まで暗すぎて気づかなかった部屋を見た、右を見ると音の反響がすごい、だだっ広い空間があって、その中心に崩壊している一台のグランドピアノが居た。

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