二十二年 七月   「カメラと夕焼け」

 画面全体が夕映えの雲の朱色に染まっています。画面手前左側にはカメラを構える少女の逆光を浴びた黒いシルエット。遠景には黒く沈んだ山並み。白く点った街灯も見えます。構図に締まりが無いというか、何を撮りたいのか分からない。夕焼け真っ赤だなあ、しか浮かんでこない。少女の狙っているものは何なのか。写真と俳句は本来、お互いを補い合うものですが。


   

 引き波に真砂きらめく秋夕焼けあきゆやけ☆並選


 季語は秋の「秋夕焼け」です。少女は裸足になって夕焼けの渚を歩きます。七度か八度目にやって来る大波をよけながら柔らかに沈む砂地を歩くのは楽しいそうです。ふと引き波が大きく退き、波に洗われた砂地が夕映えの光を反射して綺羅綺羅と耀きました。この情景をあの人と一緒に見たかったな。今ここに彼がいないのが寂しい。少女はため息をついて何度もシャッターを切ります。切ない季節のはじまりでした。



 朝ぼらけ声ひそやかに蓮見舟☆並選


 季語は夏の「蓮見舟」です。朝ぼらけというのは夜が明けたばかりの早朝をいいます。蓮の花を見たいと思ったら、朝も暗い内から支度をして、蓮見舟(早朝の蓮を見せてくれる舟)に乗ったら(なんて綺麗!)とテンション上がっても、けして感動を口に出してはいけません。世間はまだ寝ているのですから。ただそっとシャッターを切ります。



 夕闇を待ち侘びて咲く烏瓜からすうり☆並選


 季語は「烏瓜の花」で、夏の季語です。烏瓜からすうりの実を見たことはあっても、花を見たことのある人は少ないと思います。なぜといって夏の宵から深夜に咲く花だからです。白い花びらの先端からはレースを編んだような繊細な房飾りが伸びてきます。一度見たら忘れられない光景です。



 普段着の真珠婚式秋澄めり☆並選


 季語は「秋澄む」です。秋になって大気が澄み切ることをいいます。

 辛い残暑を乗り越えて、今朝は爽やかに目が覚めました。毎日の習慣で、まず枕元の手帳を手に取って、本日の予定をチェックします。「おおっと!」思わず声が出ました。「おい、おいってば!」隣で寝ている夫を起こします。「あぅ?」急に起こされたので大型犬っぽくなっている夫を無理矢理坐らせます。「おすわり!」「あう」

 やっと目が覚めた夫に、妻はにっこり頬笑みかけました。「今日は結婚して三〇年目の真珠婚式よ!」「うあぅ?」夫の首に抱きついた妻は「今夜は焼き肉食べに行こうか?」しばし考えた夫は「俺、いつもの、お前の料理がいいな」「えー。家事、楽しょうと思ったのに」「あ、そうなの? ゴメン。それなら寿司がいいな」「やったあ!」子どもたちは巣立って、また二人きりの生活です。「パパ、おめでとう!」「うん。ママ、おめでとう」新婚時代は名前で呼び合ったのにな、と二人はそれぞれに思いました。

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