60 愚かな選択②

 小学生の時からずっとそうだった。

 人と話すのが怖かったからいつも距離を置いて、みんなが楽しく遊んでるのを一人で眺めていた。クラスメイトに誘われても上手く答えるのができなくて、いつの間にか浮いている自分に気づく。そのまま中学生になったけど、その性格だけはどうしても変わらなかった。成長したのは体だけ、メンタルはずっと弱かった。


 あの日、直人くんに誘われた私は彼と友達になった。

 そう。最初は……友達だった。


「よっ! 水瀬〜」

「お、おはよう……」

「昨日の映画面白かったよな……?」

「う、うん!」

「続編あるけど、今日うち来ない?」

「行ってもいい……?」

「もちろん、俺たち友達だから!」


 その一言がとても嬉しくてたまらなかった。

 こんな私も誰かと一緒に遊ぶのができるなんて……。相手は男の子だったけど、初めてできた友達だったから性別など関係ない。私はただ誰かと一緒に過ごす時間が欲しかっただけ、ずっと一人だったからね……。そしてほぼ毎日……直人くんの部屋で二人っきりの時間を過ごしていた。


 私たちの距離もどんどん縮まる。

 そして———。


「に、西崎くん……? どうしたの?」

「いや、なんか最近いろいろあったから……」

「そう……? 困ることがあったら私に話してくれない? 役にた、立たないかもしれないけど……、私! 西崎くんの友達だから……」

「……水瀬……」


 あの日は初めて男の子に抱きしめられた。

 その温もりと感情はいまだに覚えている。


「えっ……?」

「この前に、お父さんにお前なんかどうでもいいって言われたからさ……」

「えっ? お、お父さんに……? ひ、ひどい……」

「小学生の頃からそう言ってたけど、最近……そんなことばかり言ってるような気がしてさ……。そして俺親友なんかいないから、頼れる人がいなくて……」

「そうなんだ……」


 可哀想な表情と力のない声に、私は直人くんの力になりたかった。

 でも、どうしたらいいのか分からなくて直人くんに抱きしめられたまま彼の背中を撫でてあげた。すごく恥ずかしいけど、直人くんも私みたいに友達がいないから……私が頑張らなければならない。あの時はそう思っていた。


 直人くんは「頼れる人がいない」って言ったあの日から私とくっついていた。

 学校にいる時は私に声をかけて、一緒に話したり、お昼を食べたりして、二人っきりの時間を過ごしていた。それは私が欲しかっていた楽しい学校生活。そして私と一緒にいてくれる直人くんがどんどん好きになってしまう。「恋」と言う気持ちには慣れていないけど、直人くんと一緒にいるとドキドキするから……ずっと彼のそばにいたかった。


 そうやって私たちは二人っきりの時間を楽しむ。

 とても好きだった。


「うっ……。直人くん、今日は早く帰らないと……」

「えっ? まだ七時だけど……、俺もうちょっと吉乃ちゃんと一緒にいたいのに」

「…………でも、お母さんに……」


 直人くんはたまたま可哀想な顔で私を見る。

 それが一番つらい……。

 そんな顔をすると何もできなくなるから……、お母さんには友達の家に泊まるって嘘をついてしまった。


「じゃあ……、私も直人くんと一緒にいたい……」

「うん。そして心配しないで、この家には誰も来ない。今日もお父さんとお母さんは仕事で忙しいから」

「そ、そうなんだ……。でも、私……男の子の家に泊まるのは初めてだから」

「今日は二人っきりだから……俺すっごくドキドキしてる。吉乃ちゃん……」

「…………」


 私もすごくドキドキしている……。

 まだ言えないけど、いつか直人くんに「好き」って言いたかった。

 私は直人くんと美味しいものを食べた後、彼の部屋で一緒に寝ることにした。私たち、まだ付き合ってないのに……。あの夜はまるで恋人みたいに後ろからハグをしたり、手を繋いだりして、私たちのスキンシップがどんどん増えていた。


 嫌じゃなかった。

 直人くんのこと好きだったから……そんなことをするたび、ドキドキする自分の気持ちを抑えていた。

 ずっと抑えるしかなかった。


「吉乃ちゃん、こっち来て……」

「えっ……? あの、なんか……恥ずかしいけど……」

「いいじゃん。そっち暗いんだから……」

「…………」


 私は直人くんのそばで目を閉じた。

 いや、閉じるしかなかった……。目を開けると彼と目が合ってしまうから、それが恥ずかしくてずっと目を閉じたまま寝たふりをしていた。


「吉乃ちゃん、寝てる……?」

「…………」

「寝てる……?」

「ま、まだ……寝てないけど……」


 そろそろいいかなと思って目を開けてみたけと、こっちを見ている直人くんと目が合ってしまった。


「うっ……」

「へえ、吉乃ちゃん……めっちゃ可愛い」

「え———!」

「あははっ、びっくりしたのか?」

「だって……、誰かに可愛いって言われたことないから……。つい、ごめんね」

「ううん。そっか、俺は可愛いと思う」

「は、恥ずかしいから……やめて」

「へえ。顔、真っ赤になってる! めっちゃ可愛い」

「西崎くん……、意地悪い……」


 実はすっごく気持ちよかった……。


「ふふっ」


 私は直人くんから目を逸らしてしまった。

 このままじゃ寝られないから……、そして私のうるさい心臓もどうしたらいいのか分からなかったから……。だから、目を逸らして寝ようとした。


 でも、すっごくドキドキしている。


「ねえ、俺吉乃ちゃんの顔が見たい……」

「えっ?」


 片手で私のあごを持ち上げる直人くんに、頭が真っ白になってしまった。


「あのさ、吉乃ちゃんは……キスしたことある?」

「キス……、したことないけど……」

「俺もしたことないからね。知りたいっていうか……、吉乃ちゃんはどう思う?」

「私も…………き、気になるかも……」

「そうなんだ……」


 そう言ってから、私を抱きしめる直人くん。

 彼は耳元でこう囁いた。


「キスしない? 俺たち……」

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