第25話 反抗の脱却 二

 上等な食事で気が緩んだものか、メイコの美しさに改めて気づいたものか。脇腹やふくらはぎの痛みなどどうでもよくなってきた。無傷なのだから。


「お代わりをお持ちしましょうか?」


 サンドイッチがあらかたなくなったところで、メイコはもちかけた。


「いえ、そろそろお腹いっぱいです。ありがとうございます」


 ボディビルダーたるもの、常にカロリー計算を意識せねばならない。そこは、どれほどもてなされようと妥協してはならなかった。


「ご馳走さまでした。大変おいしかったです」

「お粗末でございました。挑戦者の皆様とはお話なさいますか?」


 するりと加えられた選択肢。警察に協力することで自分の事業に箔づけするなら、自首する連中の本音を探っておいてもいいだろう。


「はい、お願いします」

「かしこまりました。いったん食器をお下げしてから、タブレットをセットします。今しばらくお待ち願います」

「はい」


 メイコは、渕山に述べたとおりの段取りを果たした。


「それでは私、洗い物がございますので失礼します。ご用がおありでしたら、タブレットの画面をタップして下さいませ」

「わかりました」


 ランチワゴンを押して、メイコは去った。


 さっそくタブレットに注目すると、鈴木と佐藤の食事は終わっていた。代わりに瀬川が加わっている。いや、もう一人いる。白衣を着たメイコ……ではなくメイだ。


 一同は、ついさっき……だろう……まで鈴木達が食事をしていたテーブルを囲んで座っていた。全員が、テーブルの上にある長方形のステンレス皿を食いいるように凝視している。


 ステンレス皿にあるのは、一羽のカラスだった。背中を下にして横たわり、胸と腹が両開きになっている。いうまでもなく、内臓がじかに目にできた。


「う、うげぇっ!」


 嘔吐まではしなかったものの、渕山はソファーの背もたれに自分の背中をしたたかにぶつけてしまった。


『やはり、心臓と胃に顕著な影響がありますね』


 メイは淡々と説明した。


『じゃあ『神捨て』はうまくいってるんですよね』


 鈴木が満面の笑みをたたえている。


『はい。皆様のお陰です』


 メイが、鈴木にさわやかな笑顔を寄せた。


『なら、私達は死刑になっても復活できるってことですか!?』


 佐藤が、両拳の手のひら側を自分の口につけて聞いた。


『このまま研究が進めばそうなります』


 福音をもたらす聖者さながらに、メイは断言した。


『やったぁ!』


 佐藤がバンザイをしながらジャンプした。


『けどよ、まだ小さな動物で成功しただけなんだろ?』


 無遠慮に水をさした瀬川を、着地した佐藤はうらめしげに睨んだ。


『それも正論です。完全な成功のためには、渕山様のご協力がまだまだ必要です。継続して頂けますよね?』


 いきなりカメラ目線になり、メイは明らかに渕山へ質問を差しむけた。


「か、完全な成功ってなんなんだ!?」


 メイ達の理屈には、頭がこれっぽっちもついていけない。


『博尾から説明がございませんでしたか?』


 メイは首をかしげた。


「なんの話ですか!」

『ならば、私からお話しましょう。『神捨て』は重犯罪者の自首と更正を促す……それはもうご存知ですよね?』

「ええ、聞きましたよ」


 このうえまだなにかあるのかと、渕山は身構えざるをえない。


『それだけでは足りないのです。自首しても死刑を免れない事例は多々ありますし、被害者のご遺族も完全には報われません』


 たしか、メイコも少し似たことをいっていた。


「だからみんなをバーチャル空間で生き返らせるとでもいうんですか?」


 そんなこと、できるわけがない。不可能を見越した渕山の質問だった。


『さすがは渕山様……。当たらずとも遠からずでございます。『神捨て』は、ゆくゆくはバーチャル空間を現実そのものと置きかえていく計画なのです』

「はぁっ!?」

『当然、犠牲者の皆様も生き返った状態になります』

「いや、それって加害者のデータはそろうかもしれませんけど被害者のは整えようがないでしょう」

『それを補うのが呪宝如来様なのです。呪宝如来様は、悪事の犠牲者に慈悲をかけてくださる御仏です』

「……」


 カルト宗教にもほどがある。これまでの三人についての『神捨て』は、メイがさっき打ち明けた寝言に比べればまだ……辛うじてながらも……大義名分や合理性があった。もはやそれすら粉々になってしまった。


『疑うのは当然です。でも、バーチャル空間では本物さながらな五感があったでしょう?』

「ただの錯覚かなにかでしょう。少なくとも死体をここで生き返らせたわけじゃない」

『では、これならいかがですか?』


 忘れていた脇腹とふくらはぎの痛みが、渕山を黙らせた。もはや体裁にかまっていられず、シャツをめくった。佐藤にパイプを打ちこまれた傷口がはっきり現れ、血が流れている。念のためにズボンの裾もあげた。くるぶしが赤く染まりつつある。


「ど、どういうことですか!」

『『神捨て』に参加した以上、やろうと思えばバーチャル空間の出来事を現実に実行できるということです。渕山様のおケガは、ご納得がいかれましたらすぐに消します』

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