未来人(素人)が考えた商業政策

「(パリパリ……)商いの奨励だと……。そなたは金儲けに走れと申すか」


 賢丸様に連れられて、先程の話の延長戦が始まった。


 黙っておくべきだと考えたが、賢丸様は俺が無為無策であのような話をするとは露ほども思っていないようで、ここだけの話だからとして、俺の意見を言えと仰る。


「(ポリポリ……)さにあらず。国を富ませるにも、兵を養うにも、金は必要と言いたいのです。そして、そのためには商いが盛んにならなくては、金は、世の中は回らないと申したいのです」


 軍備の増強はさて置いて、財政を立て直すには商業の活性化が必須という俺の意見に対し、賢丸様は金儲けという言葉を使ったが、それは少し違うと思う。


 商人がいなければ、米や野菜を作った農民はどうやって買ってもらうか? まさか自分で町まで持って来て売り捌くのか。着物は、装飾品は? まさか職人が製作から販売まで担うのか。あまりにも非効率で、経済規模は小さいまま成長はせず、増収も見込めない話だ。


「製造、買付、運送、販売。それを各々が分担するからこそ、物の流通が成立し、金が循環するのです」 

「(パリパリ……)だが、私は金金金とがめつい商人どものやりようは好きになれぬ。それに奴らは自分の懐ばかり潤し、奢侈に流れている。綱紀が乱れるばかりではないか」

「(ポリポリ……)その商人に金の流れを任せているのは、他でもない我ら武士です」




 かつて、武士と商人は持ちつ持たれつの関係だった。古くは戦国期よりも昔から、有力な大名は銭の源となる商業地を抑え、そこに集まる富を元に国を栄えさせた。時には武力で言うことを聞かせることもあったが、基本的に商人の力を上手く活用していたように思う。


 それがいつの頃かは分からないが、少なくともこの時代では、物を生み出すこともせず、右から左へ動かすだけで利ざやを稼ぐ卑しき者と、武士はハッキリと商人を下に見ている。


「身分が下だからといって、才能が無いわけではありません」


 金を稼ぐのも才能次第、決して頭の悪い者や勘の鈍い者は大成しない。しかもそうやって大店を築いた商人は当然利に聡いから、武士が彼らを見下して統制が追いつかぬうちに、どんどん商いを広げて金を貯め込んでいくのだ。


「彼らをそうさせたのは我ら武士です。身分制度に胡座をかいているうちに、武士と商人の財力はとうの昔に逆転しています。現に多くの大名や旗本御家人が、商家や札差から金を借りているのが良い証拠かと」




 札差とは、旗本御家人に支給される蔵米の受け取り・運搬・売却を代行し、売却益から得た手数料をもって生業とする者たち。ちなみに幕府の米蔵は浅草にあって、その西側に米問屋や札差が軒を連ねている。その一帯は蔵前と呼ばれており、未来の東京でも残る地名だ。


 元々は大勢の武士が給与日に直接米の売買を一斉に行うと面倒だからと生まれた商売であるが、今では後に手に入る予定の蔵米を担保にして武士に金を貸す、高利貸しとしての利潤の方が圧倒的に多いらしい。


「馬鹿にするならすればいい。下に見るならどうぞご自由に。でもその者から金を借りているのはどこの誰ですかね? と、それくらいの認識だと思いますよ」


 身分では武士>商人だが、保有資産で言えば武士<<<<<<<商人であり、それは言い換えれば、米作を中心とした農業本位のあり方は商業経済中心の社会に後れを取っているということ。現に札差や大店の主は、大名より豪奢な生活をしている者もいると聞くしね。


 ……と言っても、俺は農業を軽視する気はない。国の基礎の一つであることは間違いないのだが、あくまで経済の中の一要素としてだ。他の産業と合わせてバランスよく発展させるべきと考える。


 だが、日本という国はどうも米を神聖視しすぎる。米の取れにくい土壌や気候の場所でも、どうにか田んぼを作って米を植えるから始末に悪い。他の作物にすればもっと収穫量は上がるだろうという土地はいくらでもあるのだが、幕府が前時代的な米本位の考え方を改めないから、下の者は従わざるを得ない。


 収穫量が不安定な米に収入減を頼っているのに、その価格は商人に握られているとあっては、これ以上収入が増えることはないだろう。




「米だけ作っていればいいという時代は終わったのです。商いが盛んになったのであれば、我らもその流れに乗り、売れるものを作るべきなのです。実際に甘藷でそれは証明されたかと」


 実は昨年十三里が大人気となって、小売を担う木戸番たちよりも先に食いついてきたのは、甘藷の売買を求める商家であった。


 米より単価は安いが、同じ面積で米の十倍以上の量が収穫できたので、実入りは米より増えた。売れると見込んだ商人はすぐこれに食いついてきたが、一方で教えを請いに来た武家の者いない。今の経済力の差はそういうところなんだよと思う。


「商業の発展は国のために必要なものです。賢丸様が憤るのはごもっともなれど、それは金の稼ぎ方と使い方に問題があるからであり、お上がその動きを制御し、正しい金の流れと使い方を作り出せば良いのです」

「結局我らが金儲けを行うということではないか」

「いえ、直接汗を流すのは商人の役割。我らはそれを監督するのです」


 阿漕な商売をする者は多い。特に飢饉の際は物を買い占め、売値を釣り上げる者も少なくないから、庶民の感情は良くないだろう。


 ならば公儀が物をすべて管理し、直接売買を取り扱えばいい。そうすれば価格も自分たちで決められるわけで、物価も安定するだろうという賢丸様の考えは一理ある。


 だけど、それは後に言う社会主義、共産主義みたいなものだ。


 戦時中のような混乱期であれば、権力者が資本を管理して分配するという方法は、余計な混乱を防ぐ手立てとしてあり得るが、実際にはそれも上手くはいかなかった。俺の認識の中では失敗と言わざるを得ない経済体制なのだ。 


 ただ残念なことにその思想は、この時代では未だ提唱すらされていない。後にその思想が生まれ、それに基づく国作りをした結果がどうなったかを知るのは俺だけだ。


「お上は商人たちが阿漕なことをしていないか、そして売上額や運上金を誤魔化していないかを厳しく調べ、価格に関するお触れを厳密に守らせることで、正直者が正しく利を得て、正しく税を納め、その上で国庫を潤すべきなのです」 

「しかしあまり厳しく締め付けては、商人どもが意欲を失ったりはしないか」

「だからこそ新しい産業を育成するのです。それを餌に彼らを動かすのです」

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