第6章 疑惑

第33話 反・聖ソフィア教団

 大神殿に戻った翌日、私は神官長ルーベン様とサフィール様のおふたりに呼ばれて質問を受けていた。聖女様のご公務は、今日までお休みする予定になっているそうだ。


「昨晩はよくお休みになれましたか?」


 ルーベン様はこんな話から始めた。


「はい、お陰様で疲れもとれました。元々体力だけが自慢ですから」


「ふっ……、それはよかったです。パーラ様も貴女のことをずいぶんと心配しておられましたから」


 ルーベン様はわずかに口元を緩めそう言って……、さらに話を続けた。


「ご無事でなになりでした。――そして、この度は我々が不甲斐ないためにノワラ様を大変危険な目に合わせてしまいました。なんとお詫びしてよいものか……」


 ルーベン様もサフィール様も席を立ちあがり、私に向かって頭を下げた。


「あっ…あの、やめてください! 聖女様の影武者を仰せつかったときから多少の危険は覚悟しておりました。むしろ、今回の件に巻き込まれたのが私でよかったくらいです!」


 正面のおふたりは、私の顔を一度見据えた後、改めて椅子に腰を下ろした。


「ノワラ様は……、本当にお優しい方ですね。パーラ様が貴女に心を開くのも頷けます」


 サフィール様はいつもの落ち着いた声でそう言った。


「危険な目に合って早々にこんなお話をするのは気が引けるのですが、我々は貴女を連れ去った者たちの行方を追っております」


 この話はいずれ訊かれると思っていた。聖女様の安全を考えれば当然だと思う。


「主犯と思われる男を治安維持隊が捕らえたのですが、隙を付かれ、自ら命を絶たれたのです」


 サフィール様は淡々と語った。私はとても驚いた。



 誰かが自殺したってこと!? なんで? 仲間の居場所とかをもらさないようにするために……? 


 ――主犯って誰だろう?


 今、「男」って言ったから少なくともガーネットさんではないよね……?


 だったらグレイ? それともあの部屋にもう1人いた男の人?



「『ボルツ』という男でして、実は以前から治安維持隊が追っていた者でもあるのです」


 ボルツ……? 初めて聞く名前だ。


 ガーネットさんやグレイの名前じゃなかったことに安心している私がいた。


「ボルツは、『反・聖ソフィア教団』を掲げて組織を率いている男でした。今回、彼と組織の数人を捕らえることができました。ですが、彼は死に……、残りはどうやら末端の者のようなのです」



 「反・聖ソフィア教団」……、ガーネットさんの話が頭に蘇ってくる。



『――私たちが生きるうえでの選択の権利を奪っていると思うのです』



「ノワラ様、貴女が囚われていた時、彼らについてなにか見聞きしておりませんか? どんな些細なことでも構いません。思い当たることがあれば話してほしいのです」


「えっ…と、私、目隠しをされていて会話とかも全然聞こえなくて……、その、なんていうか、お役に立てなくてホントごめんなさい」


 私はどうしてこんなふうに言ったのだろう?


 ガーネットさんやグレイのこと、ひょっとしたら本名じゃないかもしれないけど、話したら彼らを捕まえる手がかりになるかもしれない。

 彼らを野放しにしていたら、聖女様に――、ロコちゃんに危険が及ぶかもしれない。なのに、どうして彼らについて隠してしまっているのだろう?


 私の返事があまりに早く……、その後すぐに黙ってしまったせいか、ルーベン様もサフィール様も困った顔をしているように見えた。


「恐怖で周囲を気にする余裕すらなかったことでしょう。その心中は察するに余りあります」


 気まずくなりかけた空気を払うようにサフィール様は言った。


「思い出して気持ちのいいことのはずがありません。無粋な質問をどうかお許しください」


「いいえ、私は大丈夫です。もし、なにか思い出したら必ずお伝え致します」


「ご協力痛み入ります。聖女様のご公務は明日から再開の予定ですが、警備体制は万全を期します。貴女にも、パーラ様にも、万が一もないよう致しますのでどうかご安心ください」


 囚われていたとき、聞かされた話について尋ねてみたかった。だけど、真正面から問いかけてまともな返事をもらえるはずがない。

 ちょっとだけ考えた末、私は1つだけ当たり障りのない程度に質問を投げかけた。


「あの……、エスメラルダ様は今どうされているのですか?」


 場違いの質問だったせいか、一瞬だけ時が止まったように静かになった。


「パーラ様の前の……、聖女エスメラルダ様のことですかな?」


 ルーベン様が改めて私に問い掛けてくる。


「はっ、はい! 実は私が一番憧れていた聖女様でして……、退任されてからどうなされているか気になっていたんです」


「ふむ。立場上、簡単にお会いするのがはむずかしくなっておりますが、元気にされておりますよ」


「そっ、そうなんですね! よかった!」


「たしかに彼女は、歴代の聖女のなかでもひときわ人気のあるお方でしたからな。教団の表舞台からは退いておりますが、今でも陰で我々を支える役割を担っておられます」


 今でも教団内にいらっしゃるのね。元々、「聖女様」だったがゆえに人目に付きにくいお仕事を割り振られるのかな?


「ノワラ様について彼女に詳しくお話はできませんが、気遣っている者がいることは伝えておきましょう。彼女も喜ぶはずです」


 ルーベン様はそう言った後に席を立ち、一礼をして先に部屋を出て行かれた。


「パーラ様もエスメラルダ様にとても憧れをもっているようでした。貴女たちはもしかしたら、お姿以外にも似ているところがあるのかもしれませんね?」


 サフィール様はにこやかな表情でそう言った。


 たしかに、ロコちゃんとよく話すようになってから、彼女の気持ちが今までより理解できたり、お話の次の一言が先にわかるときもある。


「似ている」というより、無意識に内面までもが歩み寄っているのかもしれないな……。

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