第72話 変わり続ける明日、変わらぬ願い
パーティーメンバーが増えてからというものの、俺の日常は大きく変わった。具体的に言うと――
「“男一人に対して女三人”での生活ッ! ぶっちゃけ家に居場所が無いッッ!!」
「……な、なるほどな。だからオメェ最近やたら俺と過ごそうとしてんのか」
リンファの昇級祝いがギルドの酒場で盛大に行われているであろう頃。別の酒場でサシ飲みに付き合ってくれているクザさんに、俺は魂の叫びをぶつけていた。
そう、現在俺はアンナ、エミリィさん、リンファ、いずれも見目麗しい美少女美女たちと同じ屋根の下で暮らしている。男なら誰もが羨み憧れるであろう『ハーレム生活』に他ならない。一見すれば役得でしかない状況なのだが、現実はそうもいかないのである。
まずひとえにハーレムと言っても、“互いに異性として見ている”ことが前提にあるはず。アンナは異性どうこう以前に、“唯一無二の同志”であり友人に近い間柄だ。そもそもアンナへの恋愛感情はエミリィさんという名の“最強の保護者”が断固として許さず、またエミリィさん自身も信頼関係は構築しているものの、そういった好意を向けられたことはない。リンファはリンファで、積極的にアプローチしていると見せかけ、単に俺を弄ぶことを愉しんでいるだけの“愉快犯”でしかない。
そういうわけで破廉恥な世界とは無縁なのだが。『女三人寄れば姦しい』というように、若い女性同士で盛り上る話題に黒一点は付いていけず、必然的に孤立してしまうのである。
とはいえ、リンファは第一印象が悪いせいで最初こそ二人も警戒気味だったのに最近は――
『こないだリンファさんに教えてもらった化粧水のおかげで肌の調子が良いんだー♪』
『それはよかったわ。アンナの肌なら相性良いと思ってたの』
『そういえば最近、新色の口紅がアルルの街にも流通した、とモネさんから聞きましたよ。ほら、コレとかアンナ様に似合いそうですよ。明日市場に見に行きませんか?』
『あら、かわいい色じゃない』
『あ、これなんかリンファさんにピッタリじゃない?』
――などと、キラキラ眩いガールズトークを繰り広げる日々を送っているのだ。
「なんで女子同士ってあんな爆速で仲良くなれるんすかねェ!?」
「知らんがな」
そんな訳で、家に居てもまともに会話に参加できる機会はクエストの作戦会議やエミリィさんの魔法の授業ぐらいで、仕事以外のプライベートで彼女らと過ごす時間がどうにも居心地が悪くなってしまったというわけだ。
「三人暮らしの時はそんなでもなかったんすよ……。アンナとはウマが合って話題も尽きなかったし、エミリィさんも聞き上手だったしで、会話には特に困らなかったんです。けど、リンファが来てからというものの、アンナは『年の近いお姉ちゃんができたみたい』ってえらく懐いてて、エミリィさんはアイツの家事スキルの高さに感服して『リンファさんなら良いメイドになれますよ』って目を輝かせてて。なんか、二人揃ってはしゃいでるっていうか……」
「あーもう、グチグチグチグチと女々しいヤローだなぁ。そんなに居心地悪いなら強引に会話に混ざればいいじゃねぇかよ」
「いやいや、さすがにあの盤石なガールズトークの布陣に踏み込む勇気なんてありませんよ」
「だったらこの先どうすんだよ。今みたいにこうやって逃げ続けるってのか?」
「正直それもアリかもって……。いっそ俺だけ家を離れて、一人暮らしした方が……」
俺の及び腰な言葉を聞いたクザさんは、呆れたように深い溜息をついた。
「オメー、本当にそれでいいと思ってんのか?」
「え?」
「逃げて、一人になって、それで楽になりたいのなら、黙ってさっさとそうすりゃいい話だ。……なのに、なんでお前はそうやって“悩んでる”んだよ」
「あ……」
そう指摘されて、俺はハッとする。
「お前にとってのあの三人は一体なんだ? 同居人か? 友達か? それとも家族か?」
「……違います」
「じゃあなんだ?」
「仲間です!」
俺の言葉を受け、クザさんは「フッ」と笑みを零した。
「仲間と同じ時間を共有するのは嫌なことか?」
「いいえ!」
「……だよなァ。だったらよ、こんなことしてる暇は無いんじゃあねぇか?」
俺はクザさんに向かって無言で頭を下げると、急いで勘定を済ませて街へ飛び出した。
街路灯で照らされた夜の街並みを遮二無二に駆け抜ける。彼女たちが待つギルドに向かって――
「……カズキ!?」
「えっ!?」
背後から聞き慣れた声に呼び止められ、歩を緩める。後ろを振り向けば、俺が会いたかった人たちがそこにいた。
「はぁはぁ……どうして? ギルドの酒場で……宴会をしてるんじゃ……?」
息を切らして尋ねると、アンナは照れたように頬を掻きながら答えてくれた。
「うーん、やっぱりさ。せっかくの祝いの席にカズキが居ないのは寂しい……かな、と思って? 今日カズキがダメそうなら、宴会は後日に回そうってことになったんだ。……てか、カズキの方こそ、どうして夜の街を一人で走ってたの?」
「……!!」
彼女の飾らない言葉が胸を鋭く貫いた。
「……本当に……本当にっ!」
気付いたら俺は、ゆっくりと石畳の上に直に座り恭しく平伏していた。そして、彼女たちに会ったら真っ先に伝えたかった言葉を思いの丈叫ぶ。
「――本当にッ……申し訳ありませんでしたッ!!」
「……カズキ?」
「こ、これはッ! ニホンに古来より伝わるという伝説の作法……『ドゲザ』ッ!?」
(往来で女三人相手に跪く男……最悪の絵面ね……)
渾身の土下座を前に三者三様のリアクションを取る彼女らに向かって、俺は続けた。
「リンファが加わってから、女子三人で盛り上がることが多くなってさ。それで俺、疎外感を感じるようになって、気まずくなって……。それで、なんとなく皆と一緒にいるのを避けるようになったんだ。……けど、とんだ大馬鹿野郎だったッ! 何が気まずいだ! 自分勝手も甚だしい!」
「カズキ……」
「カズキさん……」
「……」
三人は神妙な面持ちで俺の言葉を待つ。
「クザさんに諭されて気付かされた! 皆の優しい気遣いで思い知った! “気まずい思いをさせているのは俺だった”んだ! 俺たちは男一人と女三人である前に、“四人の仲間”なのにッ!」
気付いたら目尻から涙が滲んでいた。
通りすがりの人々の好奇の視線に晒されるのも厭わず、みっともなく土汚れた石畳に頭を擦り付けながら、懺悔するように想いを吐露した。
「そんな大切なことにも気づかず、自分のことばかり考えて、皆と向き合わず逃げていたことが恥ずかしいッ! こんな馬鹿な俺を許してくれッ!」
「カズキ。頭を上げて?」
「……ふぇ?」
言われて顔をあげると、床に這いつくばる俺と視線を近くするため床にしゃがみ込んでいたアンナが、温かな笑みを浮かべていた。
「今まで気付いてあげられなくてごめんね。ずっと悩んでいたんだよね。こうやってちゃんと自分の気持ちを伝えてくれて、すごく嬉しいよ!」
「あ、アンナぁ……っ」
「……そうですね。私達も同性の方が増えて、つい気持ちが浮ついていたかもしれません。反省ですね」
「でもまぁ、そんなことだろうと思ってたわよ。はいハンカチ。……ふふ、これでまた貸しを一つ返せたわね」
「ああ、ありがとう……」
リンファの手から差し出されたハンカチで涙を拭いながら、俺は立ち上がる。
「俺、もう二度と仲間から目を背けるようなことをしないよ。これからは俺なりに黒一点であることと向き合ってこうと思う」
「で、具体的にどうやって?」
「え? そ、それはだなぁ……」
リンファに突っ込まれて言葉が詰まっていると、アンナが無邪気に答える。
「じゃあ私達とお揃いのお化粧とかしてみる!?」
「あら、いいわね」
「……カズキさんの肌色でしたら、ちょうどこないだ話していたアレが似合うのではないでしょうか?」
「いいっ!? 流石にそれは勘弁してくれよ~!」
などと冗談交じりのやり取りを交わし合うと、朗らかな笑いが巻き起こるのだった。
「やれやれ、雨降って地固まったってところか?」
「あ、クザさん!」
酒場に居たクザさんが、いつの間にか俺たちの側に立っていた。その手には俺の荷物がある。ギルドに向かうのに夢中になるあまり置いていったしまったのだと今になって気付く。
「ほらよ、忘れ物」
「うわ! す、すんません……わざわざありがとうございます」
「気にすんな。それより、お前さんたちこれからギルドの方で宴会するんだろ? よかったら俺も混ぜてくれや」
彼の言葉に一同は互いに目線を合わせると、万感の思いを込めて頷きあった。
「もちろん!」
「昇級祝いでクザさんと一緒に祝いの席だなんて、なんだか最初の頃を思い出すね!」
「……ええ。思えば、あれから色々ありましたね」
「私が加入する前の色々、気になるわね。よかったら聞かせてくれるかしら?」
「っしゃ! そうと決まればギルドに直行だ! 今日は一杯飲むぜー!!」
音頭を取るクザさんの快活な一声に応えるよう、皆で歓声をあげる。
そうして俺たちは夜の街を歩き出した。
肩を並べ、歩調を合わせ、一歩一歩、前へ、前へと。
この仲間たちと一緒だったら、ここから先どこまででも歩いていける。そんな気がした――
器用貧乏のなにが悪い!? ~念願の魔法戦士の冒険者になったのに「器用貧乏の地雷職」と周囲から馬鹿にされ続けたので大成して見返します てるよ @Kaguya360
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