第71話 変遷
「――ウインドカッター!」
詠唱とともに風の丸刃が標的目掛けて放たれる。それは難なく命中するが、標的の巨体を覆う強靭な外殻は貫通を許さなかった。
『キオオオオ……!』
“そいつ”は甲高い唸りを大地に響かせながら、八つの複眼全てに敵意を宿らせて俺の姿を捉える。
「くっ、やはり小型といっても甲獣種は甲獣種……。初級魔法とはいえ弱点属性を突いても意にも返さないなんて」
「そんな当たり前のこと言ってる暇があったら、与えられた役割をこなしてなさい」
「分かってるッ」
リンファに諭されるまでもなく、引き続き“そいつ”の注意を留めるべく攻撃魔法を連発する。
俺たち四人は今、サソリの姿をした小型の甲獣種『デスクローラー』の討伐クエストに挑んでいた。
“小型”といっても、それは甲獣種というカテゴリ全体から見ての話。尻尾の長さも含めて15メートル以上もあり、魔物としては十分大型の部類に入る。
甲獣種は本来、エルフの森や南の大樹海といった太古の環境にほど近い原始的な森に生息する超巨大な魔物だ。打って変わって、デスクローラーは以前ワイバーンを討伐した山林地帯よりもさらに標高の高い、草木や土が剥げて岩肌が露出した土地に生息するという変わり者である。
ゆえに、人に代わって甲獣種が覇を唱える危険な領域よりも安全な山林地帯に居を構えるデスクローラーは比較的脅威度の低い魔物であり、Cランク冒険者である自分たちだけでも討伐の資格があるのである。
「――ウインドカッター!」
度重なる波状攻撃。デスクローラーは傷こそ負いはしないものの、完全に自分の方へ敵意を顕にする。
太く逞しい多脚を高速で前後させながら、その名の通り岩肌を這うように灰褐色の巨体が猛進し、一つでも人間大サイズの重厚な鋏が二対同時に迫った。
「――ウォーターフォール!」
呪文の詠唱とともに前方に水柱が立つ。それは半円弧状に撓みながらもヤツの巨体を受け止め、さらに粘性に富んだ水の壁が鋏をうまく絡めとった。
しかし安心するのはまだ早い。デスクローラーは動きが封じられたまま慌てる様子もなく、腹部をせり上げてくる。サソリの最も象徴的な武器である“尻尾”を柔軟に曲げ、その先端にある毒針を突き立ててきたのだ。
「……はっ!」
だが、俺たちはこの行動パターンを予め想定していた。
人体をも貫く鋭利な棘は、リンファが召喚した大盾によって間一髪防がれる。
「カズキ! パス!」
「おう!」
合図とともに、彼女と入れ替わるようにして取手を受け取り、引き続き毒針の突きを抑え込んだ。
するとフリーになったリンファは迅速に召喚陣を展開して鎖を取り出し、デスクローラーの尻尾に幾重にも巻きつける。そしてそのまま鎖を左手で持ちつつ右手で巨大な鉄球を召喚し、鎖を鉄球のフック穴に繋いで連結させた。
『キャオオオオオオ!?』
ウォーターフォールで両鋏、鉄球で尻尾を拘束され、雁字搦めにされたデスクローラーは思うように身動きが取れなくなった。
焦ったようにジタバタしながら拘束から逃れようとするヤツの元へ、一人の少女が駆け出した。
「アンナ様! 今です! ――バインド!」
「はぁああああ!!」
エミリィさんはダメ押しとばかりにバインドでデスクローラーの動きを完全に止める。その一瞬を逃さないとばかりに、アンナは光の魔力をナックルに充填させる。そうしてヤツの上空に跳躍し、自由落下を利用して勢いよく両拳を叩き込んだ。
「――聖拳衝・重撃!!」
聖なる光と鈍い打突音。聖拳衝の衝撃がデスクローラーを襲う。
とはいえ未だ意識を保っているのか、拘束から逃れようと藻掻く動きを止めず、頭上の少女を八の視線の恨めしそうに睨む。
「まだまだァ!! ――聖拳列衝(せいけんれっしょう)ッ!!」
だがアンナは怯むことなく両手を構えて気合の声を上げ、追撃を加えた。
「はぁああああああああッ!!!」
光を纏った拳のラッシュがデスクローラーの頭部に降り注ぐ。『聖拳列衝』は本来単発技である聖拳衝を乱れ打ちするアンナの新しい技だ。
聖拳衝は意識を混濁させる光の魔力を送り込むのに素手で行う必要がある。そのため自傷を免れず、本来このように乱打することは困難だ。しかしアトリエモモ特別製のナックルは拳を防護しつつ素手と同じように殴った相手に魔力を伝搬させることができ、聖拳衝の連打を容易く実現させるのである。
『キ……きぃ……』
アンナの聖拳列衝の前に、さしものデスクローラーも耐えきれず、ついには昏倒してしまう。全身の関節という関節が力を失い、だらりと地面に垂れた。
「カズキ! トドメは任せたよ!」
「あいよ!」
無論、これでヤツを討伐したことにはならない。あくまで致命打を与えるための布石なのだ。ここからが肝要だ。
俺はお払い箱となったウォーターフォールを解除し、地面に伏したその巨体の背に飛び乗った。
「エミリィさん! ここらで良いでしょうか!?」
「問題ありません」
頭部と腹部の境目にある関節の隙間に剣をあてがいながら、俯瞰視するエミリィさんの確認を取ると、そのままスカーレットを突き立て……
「――風影刃ッ!」
聖闘祭のリンファとの試合では奇襲技として活躍した剣技で、先端から風の刃を発生させ、体内を貫いた。事前に予習した通りなら、今貫いた部位にはデスクローラーの急所ともいえる脳髄が存在している。もしジャストミートならば、この一撃で絶命するはずだ。
「……」
俺がスカーレットを抜いてから数秒の沈黙が訪れる。
念のため距離を取って見守っているが、デスクローラーは一向に起き上がる気配がない。
「ど、どうなの……?」
「……」
リンファは不安そうに尋ねるが、エミリィさんは答えずにヤツを注視する。
そうして一分ほどの時間が経つが、やはり動かない。
するとエミリィさんは肩の力を抜くように息を吐き、沈黙を破った。
「聖拳衝の効果時間はとっくに切れています。――討伐完了ですね」
◆
「『デスクローラー討伐』の達成により、リンファ・メイル様の冒険者ランクはDからCへ昇格となりました。おめでとうございます!」
受付嬢のユニバさんが笑顔とともにリンファへ昇級を通達する。それを受け、アンナは嬉しそうに彼女の肩に寄りかかった。
「やったねリンファさん!」
「ふふ、ありがと♪ みんなのおかげよ」
リンファは照れたように微笑み、自分のことのように喜んでくれる仲間に感謝を述べた。
「おめでとうリンファ。これでパーティーメンバー全員同じランク同士として肩を並べられるな」
「おめでとうございます。それにしても、今回のクエストといい、リンファさんのおかげで作戦の幅もだいぶ広がりましたね」
エミリィさんの言う通り、リンファがパーティーに加入してからというものの戦略の選択肢が一挙に増えたのだ。
今回のクエストは以前のワイバーン討伐のときと殆ど同じ流れだったが、地形が岩肌であることとデスクローラーのような多脚系の魔物には落とし穴の効き目が薄いため、落とし罠による捕縛が出来ないという制約があった。アンナはもちろん、エミリィさんには1秒間動きを止めるバインドしかなく、俺もライアン様が使っていたファイアーウィップのような強力な拘束技を持たないため、俺たちだけではどうしてもデスクローラーの動きを封じる手段が乏しかった。
だが、リンファがやったような盾で囮にしてからの鎖と鉄球を組み合わせた連携技は、実に痒いところに手が届いたというわけである。
「聖闘祭で戦ったときはこの上なく恐ろしく厄介だったけど、味方にするとこんなにも頼もしいよ」
「でしょ? 私が加入してて良かったわよねえ? カズキ?」
「……むむっ」
含みを持たせながら同意を求めるよう見上げる彼女に、俺は思わず言葉を詰まらせる。
「そ、そうだな。本当に良かったと思ってるよ……」
「ふふ、そうでしょ? もっとありがたがってもいいのよ?」
リンファはそう言って悪戯っぽく笑う。彼女が仲間に加わったデメリットを強いて挙げるなら、こうして度々こちらをおちょくるようなことをしてくるところだ。しかもこういう態度を取るのは俺限定で、やはり彼女は聖闘祭で受けた数々の屈辱を長いスパンをかけて精算させるつもりなのだろう。
「まぁまぁリンファさん、そのぐらいにして。これからリンファさんの昇級祝いも兼ねてみんなで宴会しようよ!」
「あら、いいわね」
「あ~……悪いけど、今日は疲れたから先に帰って寝ることにするよ。夕飯は一人でテキトーに済ますからさ。それじゃ!」
「あ……」
俺はそう言い残して足早に集会所を後にする。エミリィさんの「今日はお疲れ様でした」という声に振り返ることなく片手を上げて応え、そのまま帰路に就くのだった。
「……」
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